先日
ECU(エンジンコンピュータ)の修理依頼というのがありました。
メーター基板の故障は頻発するけれど
NSXのECUは非常に優秀で
30年も経つのに
本当に故障事例が無いです(人災は除いてね)。
今回のトラブルは
AT→MT換装に伴い
ROMの書き換えを行ってからおかしくなったとのことで
どうやら人災らしい。
NSXのAT→MT換装がキチンと出来る業者なんてのは
実は極々少数で
特に
エンジンコンピュータが絶版状態になっている現在
MT用の新品は買えないから
AT用ECUのROMをMT仕様にデータ変更する必要があるわけで
うちには色々な業者さんからROM書き換えの依頼がありますが
ROMの書き換えとセッティングは
私じゃなくて工場長の担当です。
今回修理依頼のお客さんは
付き合いがある地元の業者さんでMT換装を行いたくて
昨年 AT→6MT換装を依頼したそうで
コンピュータ書き換えは
換装作業をした業者さんから
「ECUのROM書き換えが出来る」という
他の業者へ依頼したらしいけど
MT換装作業が終わって
ROM書き換えしたECUを現車に取り付けてみると
エンジンチェックランプは点くし
エンジンは4000rpmで吹けなくなるしまともに回らない・・
書き換えを行った業者に問い合わせても
「このECUは元々壊れていた・・」と言われて
だけど書き換えの費用は請求されたそうで
仕方なく
換装作業を行った業者さんが中古のAT用ECUを見つけて買ってくれて
いま、そのECUで車輌は動く様になっているとのこと。
(つまりは車輌側に問題は無いと言うこと)
だけど
NSXのAT車のエンジン制御は
シフトレンジでアイドリング制御が異なります。
P&Nではエンジンは殆ど無負荷だけど
Dレンジではクリープがあるので
MTでいう半クラッチ状態の負荷がかかるわけで
その分 アイドリングを上げて対処しているわけです。
他にも
レブリミットや点火&燃調制御など様々な点で異なるけれど
MT換装してROM書き換えを行わなくてAT用のままでも
とりあえず普通にエンジンはかかるし走行は可能
でも
コンピュータに常時Dレンジ信号を入れた状態にすると
ATの負荷が無いからアイドリングが不自然に上がってしまうし
Nレンジ信号を入れると
アイドリングは正常になるけど
空ぶかしと判断されてレブリミットは7000rpmになって
VTECのカムも切り替わらなくなる。
これらの問題を回避するためと
高回転域で適正なパワーを出すため
MT換装した際には
エンジンコンピュータのデータを書き換えるわけです。
そもそもこのNSXは
MT換装する前のATの頃
ROMのデータを書き換える前は
AT状態でなんの問題も無く走っていたわけだから
MT換装を行った業者さんは
「書き換えを行った業者がECUを壊したんだろう・・」と
疑いつつも
このまま放置も出来ず
藁にもすがる思いで
ネットで見つけた「エンジンコンピュータを修理する業者」とやらに
修理を依頼したところ
コンデンサーやら的外れな部品を交換して帰ってきたようで
NSXに取り付けて動作検証してみると
同様にチェックランプは点いて不調のまま変化なし・・
こちらでも費用だけは請求されたそうです。。
(当てずっぽうで部品交換して動作確認してないんでしょうね)
今回オーナーさんから
メ−ターに関する相談からうちに問い合わせがあり
ECUの事情を聞いたので
「おそらく、基板が壊れているだろうから
修理は困難だと思うけど
どんなデータが入っているのか?
どうやって壊しているのか興味があるから
修理チャレンジしてみましょうか?」と
ECUを預かってみました。
ケースを開けて基板のROM交換した部分を見て絶句・・
なんて不器用なハンダ付けだ・・
ROMの足が刺さる基板のスルーホールが数カ所無くなっている・・
スルーホールは基板に固定されているハトメみたいなパイプ状のモノで
実装された電子部品と
基板の上下面のプリントパターンを繋ぐ役割をしているんだけど
ROMを外す際に
基板に熱をかけ過ぎたり無理にROMを抜いたりすると
スルーホールがROMの足と共に基板から引っこ抜けてしまう。
NSXのECUは単層両面基板だけど
現代的な多層基板だったら
スルーホール抜いたらもう修理不可能です。
見るからに基板が壊されていてどうしようも無いから
まずは基板からROMを外して
どんなデータが入っているのか調べるため工場長にROMを渡す。
ROMのデータをPCに読み出してみると
なんと・・
内部データは10年以上前に
工場長が作ったモノのコピーだったそうだ・・
しかもECUユニットとバージョン違い。
おそらくは
過去にMT換装した車輌からデータを抜いた業者が
それをコピーして売ってるんでしょうねぇ・・
しっかし
失礼しちゃうねぇ・・
だけどNSXのECUデータは複数有って
コンピュータユニットの品番に応じて異なるから
基本的には
現車から外したECUのROMを外し
そのROMの中のデータをPCに読み出してバージョンを確認し
制御にまつわる部分のデータをMT仕様に書き換えて
新品ROMにデータを焼き込んで
基板にはソケットをハンダ付けしてROMを取り付ける。
と、言う手法で行っています。
だから
うちでMT換装した車輌からデータを抜けば
AT→MT換装の書き換えは出来ることになります。
バージョン違いなどで問題が起きなければね。
(当然 基板を壊すなんて論外だけど
慣れない作業者がやるとそのリスクは高い)
ちなみにROMというのは
専用機材で書き込んだデータを
ECU側で読み出すことだけが出来る「読み出し専用メモリ」で
Read Only Memoryの略です。
このROMの中に
エンジン制御のソフトウェアとデータが書き込まれています。
これまでの経緯が分かったところで
預かったからにはなんとか治してあげたいから
基板の修理に移るんだけどこれは手強い・・
これは私の仕事。。
ROM周辺のプリントパターンが壊れているから
正常な状態を把握したいので
まずは
壊れていないECU基板のROMを外し、高解像度で撮影して
ROM周辺プリントパターンを拡大プリント。
(メーター基板と違ってECUのプリントパターンは細かいから
目視で追うのは無理があるし老眼には辛い・・)
この手の作業では
画像をネガポジ反転するとパターンを追いやすくなるので
A3用紙の拡大プリントを数枚作って
ROMの端子と基板のどこが繋がっているのか追い込んで
断線箇所を探す準備。
細身に加工したROMソケットを基板にハンダ付けして
端子と基板の導通をテスターで追って断線箇所を探していく。
これをROMの28ピン全てチェックして
パターンが断線している部分を補修して
補修できないところはジャンパー線で繋いでいく。
補修が完了したところで
まずはATデータを入れたROMをソケットに差し込んで
お客さんに借りたAT車に修理したECUを取り付けてエンジン始動。
元々ATのECUにATデータROMだから
これで元通りになったはず。
チェックランプも点かず
PからDレンジに入れても
アイドルアップは正常に動作することを確認し
試しにMT換装のデータを入れたROMに交換して再テスト。
Pレンジでは問題ないけど
当然 負荷があるDレンジではアイドリングはガクッと落ちる。
当然当然。
うん、どうやら基板は治ってくれた様だ。
ここで
修理都合で銅箔が出るまで基板を研磨した部分に
グリーンのソルダーレジストを塗って補修。
この辺はメーター基板修理と同じ。
引き続き
適正バージョンのMTデータを入れたROMをソケットに入れて
MT車に取り付けて動作確認し
アイドリング、高回転域とも問題ないことを確認して
修理完了としました。
この手の作業では
実際修理作業に着手している時間よりも
プリントパターンの行方などを調査している時間の方が
ずっと長くかかります。
同じ修理が何度も続けば作業ペースは上がるけど
ECUの基板を壊すなんて
普通はやらない大ミスだからね。
同様の修理依頼なんて今後は無いでしょう。
今回
ECUの基板修理をして感じたのは
エアコンやらメーターやら
他の部分に使われている基板とは次元が異なる堅牢さで作られていることです。
基板そのものも堅くて丈夫だし
表面の緑のソルダーレジスト塗装も塗膜が厚くて非常に固い。
部品も無理なくしっかりと実装されていて
私は電気屋じゃあ無いから詳細は分からないけど
これは・・コストかけてるな・・と言う作りに見える。
ちなみにこのECUは
松下製なんですよね。
運転席背面でかなり高温になる場所に取り付けられているし
ECUの故障は即 立ち往生に繋がるわけだから
長期間の耐久性を見据えて奢った作りにしたのかもしれない。
今後
考えられることで
新品供給が止まってしまった車輌で
もし、エンジンコンピュータが完全に壊れた場合どうするか?
30年経って故障事例がほとんど無いECUだから
あと20年経っても普通に動いていると思うけど
すぐに思いつくのは
HKSのV・Proでのエンジン制御ですね。
TYIZ号にも使っている
HKS製汎用エンジンコンピュータのV・Proですが
NSXに使う場合
点火、燃料噴射 の制御以外に
VTECのカム切り替え 共鳴チャンバーの切り替え
燃料ポンプ低速高速の切り替えなど
このクルマの主要な制御はV・Proで出来ますが
タコメーターを動かすことが出来るかが
まだ未確認なんです。
NSXのタコメーターは
エンジンコンピュータからの信号で動作しているんだけど
これと同じ信号をV・Proで出せるか?が
まだ分かっていないです。
その辺が未確認で検証も面倒だから
TYIZ号でも
純正のECUは外さずに
タコメーターを動かす信号出力装置として存在していますが
近い将来
そんな実験が出来て問題がクリアになれば
純正のECUを撤去しても
普通に乗れる仕様が出来ると思います。
でもね、トラブル事例が殆ど無い優秀な純正ECUだから
不器用な業者が余計なことをして壊さなければ
我々が現役の時代は故障せず動いてくれると思いますよ。
人災で壊したECUの基板修理はかなり困難です。
ホンキで治そうと思ったら
私がやった様なプロセスが必要になるでしょう。
今回は
悲惨な思いをしているオーナー&MT換装作業をした業者さんの救済と
何より私の興味&技術向上のためのチャレンジだから
ほぼ無償で修理してみたけど
仕事として請け負った場合
金額換算したらそれなりの高額になるでしょう。
中古ECUがふんだんに転がっているクルマじゃあないし
新品は売ってないし
ROMの脱着書き換えは
基板壊したら弁償も困難なリスクの高い仕事です。
今回のROM書き換えを行った業者も
修理を行った業者も
費用だけ取って逃げちゃったみたいだけど
困るだろうユーザーのことを思ったら
そんな酷いことは出来ないはずなんですけどねぇ。
何はともあれ修理できて良かった。
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