こんにちは、TYIZです。 昨日の早朝羽田を発って北海道入りしています。 日曜に仕事終えてから一度帰宅 身仕度してからVOXYで家を出て 羽田の駐車場で車中泊して 早朝6時半の飛行機で千歳へ。 飛行機&レンタカーの旅は何度もやったけど これが一番楽だ。 なにしろ 駐車場と発着ロビーが直結なので 車から荷物を出してそのまま歩いてターミナルへ入れる。 千歳でレンタカーを借りる 今回もハイブリッドクラスを予約しておいたら 黒のインサイトだった。 今までで一番程度悪そうで 洗車機の擦り傷がすさまじい。。 まあ、どうでもいいけど。。 すぐに札幌へ向かい アルファオートで戸ノ崎くんと会い お昼を食べにサッポロビール園へ。 ジンギスカン食べ放題コース。 3時過ぎ 旭川へ向かって出かける まずはホテルにチェックインして一休み NSX仲間が集まって宴会なので 教えてもらったお店へ歩いて向かう 戸ノ崎くんも後から駆けつけて 13名ほどで夕食会。 こうやって 遠く離れた地に知人がいて 久しぶりに会ってお酒飲むのも楽しい。 夜になって天気は悪化 今回は天気に恵まれていないな・・ 23日(火) 朝から雨 旭川の宿を早々に出発 本日の目的地は稚内 途中でいくつか寄りたいところがあるんだけど 天気悪いので 状況を考えつつ向かう。 まず、向かったのは朱鞠内湖 ここは 1990年にRX-7でツーリングした際にキャンプしたところ。 通算5回目の北海道旅行で 今まで一番楽しかったかと思う旅だった。 一緒にキャンプしたバイク乗りとは いまだに連絡取り合っている でも、朱鞠内湖って 特別景観がいいわけでもないし あえて行こうと思わなかったので ここに来るのは22年ぶりか。 あの日 4人で写真を撮ったところはすぐわかり 一人立って写真撮ってみたり。 うん、22年分 歳を取った自分がいるな。 霧立峠を超えて羽幌へ ホンダディーラーのinaさんご推奨の 北のニシン屋さんで海鮮丼・・と思ったんだけど 残念ながら定休日・・ 羽幌といえば ライダーズ年鑑を作っている CAFE・KIRIKIRIへ行ってみる お昼はここでパスタ。 このお店は バイクで行くと 写真撮ってアルバムに入れて ライダーズ年鑑を作ってくれている喫茶店で 24年前からは民宿業を平行して始めたお店。 自分は 86年のバイクツーリングと 90年のセブンでツーリングの際に立ち寄って 写真撮ってもらったことがある このお店で 佐々木くんと出会い 十数年に及ぶ音信不通の後 静岡に引っ越しているのが最近わかって 年賀状やメールで近況報告し合ったりしてます。 それにしても懐かしい。。 稚内へ北上する途中は すさまじい豪雨 おまけに雹がバシバシ叩き付けるように降ってきて おいおい・・どうなるんだよ・・ と思いつつも稚内の町へ。 雨雲を追い越したのか 晴れ間が見えてきたので そのまま森林公園キャンプ場へ向かってみる。 1986年 佐々木くんたちとここでキャンプして 1990年 セブンで来たときに戸ノ崎くんと会った場所なんだよな。 う〜ん、今回の旅はノスタルジーだぜ。。 本日の宿は 稚内全日空ホテル 基本 貧乏ツーリングなんだけど じゃらんで安く予約できたので ちょっと贅沢してみました。 明日は一路南下して清里へ向かう予定 宿はいつもの風景画です。 南下すると天気は回復するみたいなので期待したいところです。
吉里吉里でもらったチラシと 当時の年賀状がありました。 バイクで走った翌年の年賀状と セブンで訪ねたときのチラシ。 吉里吉里は ’88頃から現在の店舗に移ったそうで 年賀状には 新店舗のための土地を入手したと書いてありますね。 そして ’90のチラシではテネレの木に関してなど。 で、今年もらったチラシ。 さすがに昔の様なパワフルさは無いけど ライダーズ年鑑は続けているようです。 そういえばね セブンで来たとき 写真撮ってもらったときの マスターのメリハリの良さはよく憶えている。 今回 久しぶりにお会いして ああ、お互い20年分歳を取ったけど 雰囲気は変わっていないな。と思った。 会話で 「で、君はいまどうしているの?」と、訊かれ ああ、こんな歳になっても まだ「君」と呼ばれることもあるんだな・・と 旅人としては妙に嬉しいやら 不思議な感覚だった。 なんだか また 羽幌へ行きたくなったな。
北海道は どこへ行っても自衛隊の基地がありますからね 産業が無くても 街が動いてる原動力のひとつなんだろうなぁ。 写真は おそらく 小学校時代にカメラを使い始めてから 撮った写真は保管してありますね ネガも全て。 旅の記録は フィルムの頃は 記憶が薄れないうちにアルバム化して コメント注釈入りにしていました。 だから 最初の北海道旅行の記録もカンペキに残ってますね 最初の頃は 旅の計画も今より断然慎重で ルートや見所などを厳重に下調べしていました。 計画のためノート1冊作って 日程とルートを考えて 道中の走行記録や印象に残ったこと 旅の途中であった人に住所書いてもらったりで 1度の旅で多くのデータが蓄積されていきましたね。 久しぶりに本棚にある北海道計画ノートを見たら 自分でも呆れるくらい計画を書き込んでいる。。 だけど アルバムがどんどん増えてきて こりゃ先々大変かも知れない・・と思った頃に デジタルの時代になって 写真もデータで管理するようになり 過去の主要な旅は ネガからデータ化してあります。 '86の北海道ツーリングは フィルムのコンパクトカメラだったので ネガも古くて解像度が低いけど '90からは一眼レフになったので(ミノルタのα5700) スキャナで読んだ画像も格段にきれいになりました。 いつか 昔の写真を紹介してみたいと思っていたのが 7月に書いた「1991」とか 今回のノスタルジーツーリングでした。 実はまだまだ 懐かしい写真は膨大にあります。 10年先 元気にこの掲示板を運営していたら 今撮っている写真だって 懐かしい記録になるんでしょうからね。 データは 厳重バックアップで絶対無くさないようにしているけど 紙媒体になっているアルバムと違って データによる記録は 管理者と共に消えゆく運命だろうから 俺が生きているうちはカンペキに保管して この掲示板を見てくれている人と楽しんでいきたいと思ってます。 なにしろ この掲示板の初投稿は2001年5月。 11年経過しています。 小さかった子供も来年は成人式 そりゃ、身辺も色々変わりました。 掲示板に投稿してくれた人も世代交代があったり 私の加齢と共に雰囲気も変わったでしょう。 でも、基本は同じ B級グルメと雑談です。 あと10年経っても 元気に一人旅が楽しめていると良いんですけどね。
稚内や根室は、樺太・千島への交通の要衝としても栄えましたが・・・ 今は自衛隊の重要拠点ですね。 まあ、北海道全体がそんな感じのところでもあるのですが・・・ 稚内の監視台も、日露戦争時に建てられ、第2次大戦まで現役だったはず。 しかし、昔の写真と比べられるのは、楽しいですね! 私は引っ越しのドサクサで全部なくしちゃったから(T_T) 私にとって北海道は、20代をほぼ全部過ごした、楽しいことも嫌なこと もたくさんあった場所です。今となっては、笑って話してますが、弟子屈 時代もきつかったですからね。 でも・・・ 写真見てると、また行きたくなるな〜(^_^;)
北海道をクルマで旅していて なにが変わったかって 「道の駅」みたいな施設が増えたことですね。 おかげで休憩などですごく便利になった。 どこの施設も 民俗資料館的な要素を入れていて 見て回るのも楽しい 興部の道の駅には 廃線になった鉄道の記録が多数。 これは 北海道では良くある話で 鉄道が街を大いに発達させたんだけど 交通手段が自動車になってきて廃線になったため 駅などを観光地化して残している。 広尾線の愛国と幸福なんかもそうですね。 この道の駅では かつて走っていた車輌を2両 片方を談話室 片方を宿泊車輌として無料開放しているようです。 寝袋持参すれば 雑魚寝出来るわけだけど これが出来るのも 若さなのかなぁ。 安心できるGPz400Fの航続距離は300キロ程度だったけど 郊外にガソリンスタンドは少なく コンビニも無いから食料調達にも苦労しつつ 雨に降られつつ キャンプ場を渡り歩いた最初の北海道ツーリング。 いまは 航続距離1000キロ近いクルマで 休憩も買い物も自在な快適な旅になりました。 今回は 昔を振り返りつつの旅だったけど 北海道も変わったけど 自分はもっと変わったのを思い知らされた気がした。 やはり26年の経過は現実ですね でもね こうやって 一人旅に出かける元気があるだけ 俺はまだ 歳の割にはフットワークが軽いと思うし 恵まれた環境にあるんだと思います。 さて、来年は どんな旅が出来るかなぁ。
翌朝 天気は不安定だけど 霧雨程度。 ノシャップ岬へ向かってみる 26年前は 防波堤に「ノシャップ岬」看板があるだけだったけど 現在は 広場とモニュメントが出来ていた。 観光地化されている宗谷岬よりは ノシャップ岬の方が 最果て感があるんだよね。 ’86年に佐々木君と入った食堂「樺太」は 古い写真があったので比べてみると 建物は建て替えたみたいですね。 でも 灯台との位置関係を見ると 場所は変わっていない様だ。 と、いうことは もう30年くらい営業していると言うことなんだろうなぁ。 それから 日本最北端の宗谷岬へ向かう。 稚内駅から宗谷岬って 実はけっこう遠いんだよね。 宗谷岬の写真も 古いモノがあったので比べてみた ’86に海岸の砂地だった記念碑は ’90の時には 数十メートル海岸に出て舗装が行き届いた 現在の写真を見ると 階段の段数が1段増えていますね。。 多様な観光客に合わせるためだろうけどね・・ 宗谷岬にも 高台から見下ろす展望台があって ここにも 戦時中の監視台があったりする。 対ソ連 最果ての地に稚内の街が出来たのは やっぱり戦争故なのかもな。
羽幌を出て 稚内へ向かう道中は 雨雲と追いかけっこみたいな感じで 降ったりやんだりの悲惨な状況。 そういえば ’86年に佐々木君と走った稚内への北上中も 降ったりやんだりで カッパを着たり脱いだり繰り返したっけ。 今回くらいの気温でこの天気だったら バイクじゃホントに悲惨だよな・・ 稚内へ北上するルートは 天気さえ良ければ いかにも 最果てへ向かってのぼるイメージの道で 延々と続くサロベツ原野を抜けると 突然 稚内の街が現れる不思議なところ。 原野の果てに街が現れるというのが不思議なんだけど これ、きっと 戦争が絡んでいるんだろうな。 稚内公園にある氷雪の門とか 戦争の記録を残す物も多い街なんだよね いまは 戦争のイメージで稚内を旅する観光客も少ないでしょうけど 氷雪の門の前で笑顔で記念撮影するのはどうかしている・・ と、誰かが言っていた。 俺もそう思う。。 だって 氷雪の門の女性像って苦悶の表情じゃん・・ あれを見ると まず理由が知りたくなると思うし それを知ったら笑顔で記念写真は撮りにくい。 その、稚内公園は 街から山を登った高台の上にあり 舗装はされているけど凄まじい急坂を登って行くんだけど 自動車が走るところで これだけの急坂はなかなかお目にかかれない。 初めて来たときは驚いたっけ。。 開けた山頂が稚内森林公園で キャンプ場にもなっているんだけど 高台なので とにかく風が強い・・ 道内では色々なところでキャンプしたけど ここ、稚内と 知床熊ノ湯が最も寒かった。 ’86年にキャンプしたときは 自分が持っていったのは 弟から借りた粗末なテントだったので 強風で吹き飛ばされそうで怖かった。 佐々木君は大きなテントを持ってきていたので 近くにいたライダーと4人で 佐々木テントで宴会。 誰かが 「点在している廃墟群を見ると 北海道の開拓ってこれで良かったのかな・・と思うんだよね」 と、言った。 今となっては どういう意味で言ったのか分からないんだけど ただただ 絶景に圧倒されるだけで 翌日 どこをどう走ろう・・どこで寝ようか・・天気は大丈夫かな・・と 目先だけで一杯だった自分には けっこう衝撃だった。 そんな風に考えながら旅するヤツもいるんだな。。 その後 何度となく北海道を訪れて 知床に残る廃墟などを見て むかし 国策もあって 夢見て新天地に来た人たちが開拓を行い 気候や自然環境などで挫折して離農した跡を見ると ああ、かつてこの地を切り開いて苦労して 去って行った人が多数いたんだな・・と思う様になった。 そんなわけで稚内のキャンプ場は 特別懐かしいところなんだよな。 1990年に撮った森林公園からドーム堤防を見下ろす写真があったので 現在と比べてみた 駅が近いこともあり きれいに整備されて 全日空ホテルが建っている。 こうして 街の中心部は劇的に近代化されたけど ちょっと郊外に移動すると廃屋が増えている気がするから やはり 人口は減っているんだろうか。 あの頃 知らない人たちとキャンプするのも楽しくて 森林公園はその後’88 ’90と2回キャンプしたのかな ’88年の時 当時高校生だった戸ノ崎君と出会い いまも付き合いが続いているわけだ いまは だいぶ歳を取ったようで クルマで宿に逃げちゃうから 旅仲間が増えることも無くなってしまったけどね。 今回は じゃらんで予約した全日空ホテルに泊まってみました。 このホテル 旅行代理店で予約するとかなり高いんだけど じゃらんで朝食のみの格安プランがあったわけです。 2食付きのプランもあったんだけど ホテルのレストランで 一人で夕飯というのも寂しいので 夕飯は近所へ食べに出ることにして 稚内駅へ行ってみて その激変に驚く。 20年ちょっと前は ツーリングライダーが寝袋だけで駅の構内に何十人と転がっていたけど いまの稚内駅はそんなこと出来そうも無いくらいクリーンな環境。 当時は 駅宿というのも流行ったっけなぁ。 さすがに俺には出来なかったけど・・ で、稚内駅の中に食堂があったので入ってみる。 老夫婦が切り盛りしている店で 色々メニューはあったけど おまかせ定食を頼んでみたら これが十分美味しくてボリュームもある。 定食屋で 北海道新聞を広げながら夕飯。 うん、俺もオッさんになったな・・
For All Pure Trippers Cafe KiriKiri 当時の吉里吉里のキャッチコピー。 ライダーズ年鑑というアルバムを作っている喫茶店で 稚内へ向かうツーリングライダーが多数訪れる店でした。 1990年からは 宿業も始めたらしいけど 自分が佐々木君と会った1986年は喫茶店でした。 ツーリングライダーというのは やはり、クルマや列車での旅人とは違ってこだわりが強いのか 自分を記録してくれるところというのに惹かれるんでしょうね。 ハイシーズンの当時は 大挙してくるライダーの数に対応がしきれず アイスコーヒー1杯飲むのに30分待ち・・と言う様な状況でした。 だけど 翌年に年賀状が届いたときは感動しましたね。 微細な大量の文字で今年度の状況が書かれていました そして こうやってしっかりと訪れたライダーをアルバムに入れて保管してくれています 継続は力ですね 今回 北のにしん屋さんが定休日で お昼時の吉里吉里に入ったので パスタをいただいたんですが、 これがかなり美味しい。 あれ? これが喫茶店で出すパスタか?と言うくらい美味かった。 あとで知ったんだけど パスタが自慢の店らしいです。。 ここ十数年 北海道と言えば道東の旅がメインになっていたけど じっくりと道北を巡ってみようか・・ 吉里吉里に泊まって・・と思う様になりました。 余談だけど'86当時 貧乏旅行でツーリングしていた自分は For All Pure Tripersが Poor Trippersに読めて笑った。 ホント 若かったけどビンボウツーリングだった。
悪天候の中 朱鞠内湖へ向かっていると 道道975号が通行止め・・ 道路陥没だそうで 参ったな・・と思ったら迂回路があった。。 土地勘が無いのでこういうとき焦るよね。 朱鞠内湖は 有名な観光地というわけじゃないし あえて訪れる気にはなれなかったんだけど 紅葉はきれいなんでしょうね。 今回は 天気がひどかったけど それでも 展望台から見おろす湖は良い景色。 さすがにこの天気でキャンプしているヤツはいないだろうと思ったら チャリダーが 炊事場の屋根の下でテント張っていたのはビックリ。 まあ、誰もモンク言わないだろうけどねぇ・・ −41.2℃の碑は昭和53年に記録した 日本最寒の記録なんだそうだ この温暖化の日本では 今後 記録更新は無いんだろうな。 そんなわけで 夏でも寒い朱鞠内湖 ’90にキャンプしたとき クルマで来ていた自分は薄着なので その寒さに驚いて 参ったな・・と思っていたら 一緒にキャンプした松原姉さんが 「お土産で買ったトレーナーを貸しちゃる。汚したらイカンよ!」 と、言って貸してくれた。 そんなわけで 4人で撮った写真では 自分は白のトレーナーを着ているわけでした。 この姉さんは 神戸ナンバーのXLR250BAJAに乗っていて 旭岳で会ったんだけど キャンプ道具を持ってきているんだけどキャンプしたことが無い・・ とのことで 朱鞠内湖でキャンプするつもりだった自分についてきた次第。 朱鞠内湖では 数日前 富良野の旅人宿「おかせん里」で会った 新潟から来たXRのライダーさんと再び会って歓談していたところに 長野から来ていたBAJAに乗る兄ちゃんが チェーンが切れたとのことで バイク屋さんに電話で相談したところ 朱鞠内湖のキャンプ場には 新潟から来ているXR乗りがいるはずだから そいつを探して部品を取りに来させろ・・と言われたそうで 我々3人のところにやってきた。 今となっては どういういきさつと会話があったのか憶えていないけど キャンプ場からバイク屋さんまで70キロほどあったらしく、 新潟の彼は 一瞬困った顔をしたけど 一呼吸して 「よし、行ってくるか!」と走り去って行き 数時間後 チェーンを持って帰ってきた。 すぐにチェーン交換してBAJAは復活。 そんなわけで夜の朱鞠内湖で遅い夕食会と宴会 翌朝撮ったのが記念碑の前での写真というわけです。 旅から帰り日常に戻ってから 松原姉さんとチェーン切れの坂本君とは度々会う機会が有ったけど 新潟のライダーは あのあと アメリカに旅立つと言っていて音信不通。 どうしていることやら・・ この時のツーリングでは2週間ほどの長期間だったんだけど 北海道を長く旅していると 宿やキャンプ場で再び会うことがありますが 松原姉さんとは その後 多和平キャンプ場とオンネトーのキャンプ場で再会してます 多和平では 牧場へ登る直線で 思いっきりエンジン回したら セブンのパワステベルトが切れてビックリ。 姉さんと夕飯の買い出しに街まで降りたとき あまりのハンドルの重さに参った・・ おかげで俺はベルト切れと呼ばれる様になった。。 その後 弟子屈周辺のガソリンスタンドで こんなベルト 在庫無いですよね・・と切れたベルトを見せたら 店員さんは ちょっと待って・・と 向かいの金物屋?に入って行って 数本の産業用ベルトを持ってきてくれて 試してみたところ 使えるサイズのモノがあり 自分でその場でベルト交換してパワステ復活しました。 いまでも 多和平の登りストレートを走るとき ここでベルトが切れたんだよな・・と思い出しながら全開で走ります。 姉さんもチェーン切れも自分も いまではそれぞれ所帯持ちで子持ちの親。 22年も経てば 身辺は激変しているけれど 年賀状で近況報告などは続いています。 今回 朱鞠内湖のキャンプ場から 姉さんへメールで写真を送ったところ懐かしんでいた。 年内に時間を作って 飲み会でもやろうと計画してます 出来ればチェーン切れも誘って。 たぶん、22年の歳月は一瞬で超越して話が弾むんだろうな 旅仲間って良いものです
旅の記録ページも なかなか作っている暇も無くなってきたし 昔の写真を交えて 今回の旅の記録を上げておきます。 今回も 羽田の駐車場に車中泊 JALは第一旅客ターミナルなので P2駐車場にVOXYを入れる。 防備録としても書き記すけど 羽田の駐車場は 1500円/1日となったので 近隣のホテルに前泊するより 駐車場で仮眠しちゃった方が断然安いんですよね。 何より 駐車場とロビーが直結しているから クルマを降りて荷物を持って 歩いてロビーに入れる。 前泊すると ホテルからバスで空港へ向かうことになるんだけど この時間がけっこう勿体ないし 出発時間を考えると焦る 8時に仕事を終えて帰宅して 夕飯食べて風呂入って 10時頃に家を出て 11時ちょっとに空港着 ただ、この駐車場 入り口が分かりにくく 慣れないと 周辺をグルグル回ることになりやすいのが難。 駐車場は 500円で事前予約も出来るんだけど 今回みたいなシーズンでは深夜はガラガラだから 予約せずに駐車できるけど ロビーとの連絡通路が予約専用の4階なので 事前予約すると 荷物を引いてエレベーターに乗らずにすむ様だから 予約しても良いかもね。 VOXYのリアシート上げて 低反発マットレスを敷いて11時半頃にはゴロリと寝込み 6時半発の飛行機だから 5時頃起きて 昨夜買ったコンビニおにぎりで朝食にして 荷物を持ってロビーへ。 この方法だと 時間的にはかなり余裕で出発出来るし 睡眠時間も5時間くらいは取れるので 初日から余裕の旅を楽しめます。 6時半の飛行機で8時ちょいに千歳着 9時頃にはレンタカーで走り出す。 札幌についてアルファオートに向かい 戸ノ崎君とお昼を食べに出て 旭川へ向かう。 夕方に何度か泊まったことがあるビジネスホテルにチェックインして inaさんの呼びかけで集まった NSX仲間が十数人で宴会。 こうやって初日から目一杯楽しめるのも 羽田前泊のなせる技ですね。
無事に帰ってきました。 稚内へ向かっている道中は そりゃもう 悲惨・・と言う言葉がアタマの中で回るくらいだったけど 風景画で目が覚めて 窓の外を見たときは気分が晴れました。 まあ、3日間の行程は 天気が悪くても楽しめるルートだったから 最終日が楽しめて満足です。 和琴は 気温も高かったし 紅葉最盛期はあと1週間先かな・・と言う感じ。 あるいは 紅葉最盛期を待たずに雪が降るのか。。 風景画で会った娘が言うには 知床は綺麗だったそうです。 今回は 江鳶越えて神の子池方面へ向かいたかったので 知床行けませんでしたけどねぇ。
お帰りなさい。 最終日晴れてよかったですね〜 写真を見ると和琴半島の紅葉は、ちょっと早いですか? 和琴半島は熊がいないらしいので、安心してまわれます。 今年の北海道は、紅葉が遅くて地元の人はこのまま紅葉無しで 雪になるかもと言っていましたが・・
さて、お昼はどうしようかな・・と弟子屈まで来たので おお。そうだ 福住さんへ寄ろう と、標津さんのお店の支店でお昼にする。 夕方までに釧路へ行けば良いんだけど あと 見ておきたいのは・・と 屈斜路湖の和琴半島をめざす。 ここは 屈斜路湖に飛び出した前方後円墳みたいな岬で 温泉の地熱があるから紅葉が遅めで でも、探勝路をぐるっと歩けて綺麗なところなんだよね。 数年前にも 紅葉の時期を歩いたことがあったんだけど 歩き始めて 探勝路ってこんなにハードだったっけ・・と思う。 ほとんど湖面と同じ高さくらいから 岬の先端では湖面から数十メートルまで登って 一気に階段で下りる。。 行きは日差しがあって綺麗だけど 奥の方は鬱蒼としている。 往復で2キロちょっとなんだけど けっこう疲れた。。 和琴半島って 先端付近では 温泉の熱があるので 一年を通してコオロギとかの昆虫が鳴いているんだけど これ、すごく不思議 だって10月終わりですよ。 なのに辺りは盛大な虫の声。 地熱による温度と エサになるコケが多いため 真冬でもこの調子なんだそうだ。 コオロギの楽園なんだろうね。 和琴を後にして さて、釧路方面へ降りるか と、恒例の多和平に向かう。 ここも1990年に初めて来てキャンプして 一人旅のブランクは長かったけど ここ10年ほど 毎年の様に来ているんだよね。 旅先で眺める北海道の最後の絶景には好適なところです。 釧路の友人と会うため 一路南下する いつもの回転寿司で友人と会って夕飯にしたんだけど 釧路に来ていた標津さんが駆けつけて合流してくれた。 3人で歓談して 7時までにインサイトを返さなきゃならないので空港へ向かう 飛行機の出発が遅れたけど 1000円追金払って座席をJクラスにアップグレードして 快適に羽田へ 東京も思ったよりは寒くて いつもの様に 飛行機を降りて 生ぬるい!と感じることも無く エレベーターで駐車場へ向かい VOXYに荷物を積んで 首都高飛ばして帰宅したのは0時ちょっと 天気に恵まれなかったけど 最終日は晴れてくれたし 懐かしいところを巡りながらの旅というのも良い物だった。 それにしても 1回目の旅から26年も経っているという現実をヒシヒシと実感。 北海道の景色は大きく変わっていないけど 自分は年齢が2倍になっているんだからなぁ 風景画で会った21の娘が うちの子と2つしか違わないというのも軽くショッキング。 自分ではまだまだ若いつもりでも そうかぁ・・おれの娘と同世代になるのかぁ。。 まあ 俺の場合子育てが一段落したからこそ また、こうして一人旅が出来ているんだから 世代が変わっていて当然なんだけどね。 風景画も お客さんの年齢層は上がる一方で 「豊泉君なんか子供に見られるくらいの平均年齢になる日もあるよ」 とのこと。 やはり 若者が旅をしなくなったと言うことだろう 逆に 21で一人旅していた娘さんが珍しいんだろうね この掲示板の存在を教えたから コンタクトがあるかもね。 朱鞠内湖で 一緒にキャンプした旅仲間の姉ちゃんに 写真添付でメールを送ったら たいそう喜んでくれた 姉さん曰く 「10年後から見たら、今の私たちもきっと若いのだから いまをがんばろう」 うん、俺もそう思う。 22年前に比べたら そりゃもうジジイになったけど 10年後はもっとかわっているんだろうから 気持ちだけは変わらず 元気に行きましょう。 そんなわけで 24回目の北海道の旅はノスタルジーツーリングでした これはこれで けっこう楽しかった旅でしたね。
最終日の25日木曜 6時半頃目が覚めて 表を見ると快晴! 斜里岳がきれいだ。 今回の旅では 最終日が晴れてくれれば・・と思っていたのでホントにラッキー。 風景画を出て まずは 江鳶山の林道へ向かう。 ここは 鹿よけのゲートを自分で開けて林道に入るんだけど もうちょっと紅葉がきれいかと思ったんだけど まあ、山奥の林道だからこんな感じかな 山頂の展望台というか 螺旋階段の台は健在 ここからは 清里の街が一望できるんだよね。 林道を山向こうに降りて 神の子池へ向かってみる。 俺 これだけ北海道通いしていて 神の子池は来たことが無かったんだよね。 ここは 摩周湖の伏流水が湧き出る池で 青く澄んだ水がきれい でも 今回 偏光フィルターを忘れちゃったので どうにも上手く撮影できない。 時間にもよるんだろうけど 池の周辺の木々が写り込んじゃって 湖底が写せないんだよねぇ。 こんど ここに来るときにはC−PLを忘れない様にしよう。 せっかくなので 裏摩周の展望台へ行ってみる 天気が良いのでどこも絶景だ。
もう気温は、こっちの冬と同じでしょうね。 8月末に同じようなコースを走ったのですが、何か 懐かしい感じです。 そういえば宗谷岬は、私が行ったときも静かだった ような気がするな〜???
24日 昨夜は相変わらず雨が激しく 一夜明けても天気は曇りで いまにも降り出しそう・・ 今日の道中は長いので 早めにホテルを出て まずはノシャップ岬へ向かってみる ここも バイクツーリングの時に来て 近くの食堂で佐々木くんと飯くったっけ。 俺はここで初めて「ウニ」と言うものを食べて こりゃ俺には無理・・と思ってカニ丼にしたんだけど 佐々木くんは美味そうにウニ丼を食っていた。 店の名は「樺太」だったので ノシャップ岬周辺を車で回ってみると なんと、店の色は変わってるけど 同じ建物で存在していた。。 季節営業らしく 今期の営業は終了。と書いてあったけど 店がまだあることに驚いた。 それにしても強風突風。。 引き続き 宗谷岬へ向かう 言わずと知れた最北端だけど ここに来るのも1990年以来だな。 ここでも 昔撮った写真の場所はどこだったかな・・と探してみて ここだな。と、すぐわかった インサイトは非常に燃費が良くて 旭川で満タンにしたので 給油せずにまだまだ走れそうだったけど せっかくなので 最北端の給油所 安田石油で満タンにする。 これまた 驚いたことに 26年前とそっくりな記念品をくれた。 これ目当てで 給油に来る観光客もいるんだろうから これも 継続は力なりと言うヤツだろうか。 実際 給油を終えて代金支払って 貝殻の記念品をもらったとき 「え!まだ続けていたんですね!」と おそらくは当時と変わらない店のおじちゃんに言ってしまった。 いつかまた稚内を旅するときは 給油サイクルを調整しつつ安田石油を目指すことになるだろう。。 そういえば 時間が早かったためか 「宗谷岬の歌」が流れていなかった。 過去に来たときには 大音響で歌が流れる宗谷岬に 最果てのイメージは全く感じなかったっけ 廃止になったのか 時間制限なのか いつか調べてみよう。 それ以降も 天気は不安定ながら 気になるところに立ち寄りつつ南下するんだけど 昔と大いに変わったのは 「道の駅」が増えたので 休憩や ちょっと観光が・・しやすくなったこと。 おかげで単調な海岸線も いろいろ見物しながら走ることができる でも、逆にいうと 昔なら 一気に距離が稼げた道中が 思ったほどのペースにならず あれ・・清里までナビが示している到着時刻って ヤバくないかな・・と思う。 余裕があれが 美幌方面へ回り道しようと思ったんだけど それじゃ遅くなりそうなので 単調だけど海岸線をずっと走ることにする お昼は inaさんご推奨の 紋別の「ホテルオホーツクパレス」でホワイトカレーをいただくことにする。 ご当地グルメらしいけど どちらかといえばB級グルメだね。 白いけど確かにカレーの味で 大王のカレーラーメンみたいに劇ウマじゃないけど確かにおもしろい。 涛沸湖が見えてきて 小清水原生花園に着く頃には日が落ちて辺りは暗い。 一休みしがてら原生花園へ歩いてみると 2本の線路の間 遙か向こうから光が見えて どうやら汽車が来たようだ 良いタイミングだな。 完全に日は落ちて 原生花園は 足下が危ないくらい暗かったんだけど さすが1DX 普通に撮影できちゃう ちょっと散策して満足したので 一路 本日の宿 風景画を目指す 宿に着いて 1年ぶりに宿主さんと奥さんと話す 今日のお客さんは自分を入れて4人 ご夫婦で来ている二人と 珍しく21歳くらいの一人旅の女子大生。 うちの長女の2コ上なんだけど 実にしっかりしている うちの娘にも「一人で北海道でも回ってこい」と何度も言ったんだけど 全然動かない。 でも、最近 一人旅に出る女の子って減ったよな 俺がバイクツーリングした頃はけっこういたんだけどね。 夜 ワイン飲みながら 宿主の山下さんと三人で歓談 そんなわけで 天気が悪い一日だったけど 昨日に引き続き ノスタルジーツーリングでした 明日の晩に釧路から帰るんだけど 天気が良ければ道東の紅葉が楽しめるかな。
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こんにちは、TYIZです 先日友人から 「バイクが動かないんだけど 何故だか分かるかな?」と訊かれ 見てみないと分からないけど 預かって診てみようか? と、いうわけで 預かってきたのは ヤマハのビーノというスクーターで 2年ほど前 どうにもエンジンがかからなくなってそのまま放置していたそうだ。 当然 バッテリーは上がっているんだけど キーONにしてキックしても まったくかかる気配が無い。 エンジン周辺を見て へえ・・これって2サイクルなんだ・・ 単純構造だし どうせ キャブレター関連でしょう 分解整備すれば治るだろう。 と、分解開始。 あらかじめ ネットで情報を探っておいたので 原因はすぐに分かり キャブレターからエンジンに向かうインテークマニホールドのひび割れ。 ヤマハは この部品が致命的に弱く ゴムが割れて空気を吸ってしまうので不調になるんだそうだ。 なるほどね・・ とりあえず 原因がこれだけなのか見極めるため 液体ガスケットでヒビを埋めて組み立てて キックしてみると あっさりとエンジン始動。 なるほど。。やっぱり。 原因が分かり 修理による復活が可能と判断したので 部品の手配を開始 しかし ネット通販で売られている 原チャリ部品の笑っちゃう様な安さには驚いた。 バッテリーが死んでるので品番を調べ 近所の大きなバイク屋さんで探してみると 7千円から1万円ちょっと。 けっこう高いんだな・・ と思って帰宅して ネットで調べると 850円で売ってる・・ マジか?と思いつつ 更に調べると 純正部品のコピー品とかが爆安で売ってる。 ミラーが酷く錆びているな・・ と思ったら 同等品が 左右2個セットで498円 エアクリーナエレメントが200円 タイヤがなんと1本1200円 ひえ〜。。 価格破壊なんてもんじゃ無い 凄まじいことになってるな・・ ちなみに シートの表皮なんてのも売っていて なんと690円。 シートの張り替えって 一度やってみたかったんだよね 表皮を張るには専用工具が必要で ホチキスの針みたいなヤツを打ち出す エアタッカーが1500円 何もかもが安い・・ 持ち主からは 動く様になれば良いんだけど・・と依頼されたんだけど この 絶妙な老朽化ぶりが 実にレストアしたくなるんだなぁ。。 エンジンの件と簡単な外装補修 それにタイヤ交換は依頼されたんだけど こりゃ、俺の趣味の世界で 大金をかけず どこまで調子よく綺麗になるかいじってみよう。 と バイクは分解し色々部品を発注し準備を開始。 キックでエンジンはかかるんだけど 時々 キックが空回りするのが気になったので 左のベルトカバーを外してみると これがまあ 実に興味深い構造で プレスで作ったセグメントギアと簡単なピニオン それをワンウェイの噛み合いクラッチでクランク軸を回す。 色々な部分が できる限り単純構造で 最大限の効率と安定動作を求めて設計されている。 機械設計屋の目線で見ると 実に素晴らしい。 結局 部品は壊れていなくてグリスの老化などが原因で 分解清掃して組み立て キックペダルも軽く動くようになり 始動性も向上。 リア回りの外装を外し 高圧洗浄機でエンジンごとフレームを洗う。 うん、キレイになったところでキャブを外してマニを交換してどんどん整備を進める シートの表皮を外して 新品を張り タッカーで固定していく。 これがまあ けっこう面白く 案外簡単に出来た これでシートの見た目は新品だぜ。 850円のバッテリーはちょっと心配だったけど 問題なく セルでエンジンはかかる。 自賠責を入れたので 近所に試乗に出る う〜ん、スクーターに乗ったのは何十年ぶりだろう・・ 2サイクルオイルの焼ける匂いと振動。 そして意外な速さ。。 (ビーノって中身はJOGと同じで6.3馬力エンジンなんだって) タイヤの摩耗もあるけど 走行距離が15000キロほどなので サスペンション回りの老化もあって バタつきが激しいけど ヴィ〜ン!と意外な加速で50キロくらいまですぐに出る。 ここで追加で部品発注 前後サスペンションと 傷が深くて見た目悪かったフロントフェンダーなど。 サスペンションは スプリングとショックアブソーバーが一体になっている物で フロントが2本セットで 1980円! リアはモノサスで 1280円! フロントフェンダーは 塗装済みで1600円!! なんて安いんだろう。。 みんな中国とか韓国製のコピー品でしょうけど クオリティが低くても 老化した純正よりは良いでしょう。 う〜ん 依頼内容から全然外れるから 追加修理費用は請求できないと思うけど すでに俺の興味は先に進んでいるのだ。。 そしてタイヤ交換を行う 1本1200円のタイヤは台湾製 でも 見た目は普通で悪くない感じ。 これまた 久しぶりにタイヤレバーで組み替え。。 引き続きフロント回りを分解し カウルなどの外装部品を磨く ヘッドライトを外して電球を見ると けっこう黒くなっていて 寿命が近そう・・ この手のバイクって ライトは常時点灯だから老化も進むんだろうな・・ 電球もって バイク屋へ行ってみたところ PH7という電球で2千円ほどする・・ う〜ん、クルマのH4ハロゲンだって千円くらいで買えるのに 大量に売られたスクーターのバルブがこんなに高いとは・・ で、再びネット通販を見ると なんと、最安値は190円。 いったいどうなっているんだろう・・ 送料の方が高いので 再び 追加部品を模索。。 ウィンカーやテールランプの電球も99円とか。。 ヤマハって 右のミラーが逆ネジで 転倒時にネジが折れないように配慮してあるんだけど 左右ともネジがカジっていて 右は根元から折れちゃって 雌ねじもバカになってる。 参ったな・・左のヘリサートなんて無いし・・ 今から部品を買うのも悔しいので 修理法を考える。 結局 M10 p1.0の雌ねじを切って NSXのクラッチラインから外したフレアナットの真ん中にM8左ネジを切って これをネジロック剤塗ってミラー取り付け部にねじ込む。 うん、良いアイデアだぜ。 ハンドルのグリップは 老化と汚れがどうにも落ちないので格安品を買ってみた。 左右で200円ほど。 見た目は壮絶にチャチだけど まあ あまりお金かけたくないしな。。 国産メーカーモノでカッコイイヤツは2千円くらいで売ってるんだけど バッテリーやショックやフェンダーの格安品を見た後なので グリップの2千円がすごく高く感じる錯覚に陥っている・・ う〜ん、おもしろい。 こんなに安く部品が買えるなら オモチャ感覚で整備する人が多いのも分かるね なんだか 通販で部品を買いまくったけど 総額で1万円ちょっとだと思う。 タイヤとサスペンションを交換した結果が気になって 近所を試乗してみると これがまあ 激変! いままでは路面の段差とかマンホールで 「バタン!ボコン!」と振動があって車体が振られたけど 交換後は ズシッと落ち着いた感じで乗り心地も大幅改善。 こりゃビックリ これくらい安定していると ちょっと近距離ツーリングに出てみようか・・ と思うくらい。 持ち主には整備内容を言わずに 勝手に作業を進めているんだけど いまは 返したときの呆れる顔が見たくて作業をしてます。
ビーノは無事納車。 実はこのスクーター 亡くなった旧友の姪が乗るんです。 妹が学生時代に乗っていたスクーターがあるんだけど 2年前に不動になったきりで 動くなら乗りたい・・という相談だったんだけど 10年ちょっと前に買ったまま ほとんど整備の手も入れずに 1万4千キロも走った原付は そりゃ 老化は激しかったですね。 今回の依頼主である長女が生まれた頃 死んだアイツが 姪が可愛いんだ。と言っていたこの娘も29歳。 月日が流れるのは本当に早い あれから二十数年後 あいつが逝って3年以上経って その、姪が乗るオートバイを 俺が整備するんだから感慨深く 縁とは分からないものだと思った。 妹は原付免許だったけど 姉は中型自動二輪を持っているそうで じゃあ 2種登録したほうがいいでしょう。 と、言うことで下調べしてみると エンジンをボアアップしたりして 60ccに変更して黄色ナンバー付けている事例は多く こうすることで 大きな交差点の2段階右折と制限速度30キロが無くなるわけですが 原付の登録を管理する市役所では 現車を見たりしないから 「60ccにしました」 と言えば 黄色ナンバーがもらえるわけで 実に簡単。 快調でピカピカに仕立てたビーノが黄色ナンバーを付けて納車になったわけで 依頼主はたいそう喜んでくれた。 俺的には 死んだアイツが草葉の陰で 「ご苦労だったな」と言っている様な気がした。 このビーノには後日談があって 納車して 久しぶりに乗るオートバイに嬉々としながら家に向かって走っていたら 交差点で交番のおまわりさんに 「ちょっとちょっとお姉さん!」と呼び止められ 「ビーノは50ccだから黄色ナンバーはアリエナイでしょう!」と言われたそうだ。 「ちゃんと2種登録してます!私は自動二輪も持ってます!」 と、言ったところ お巡りさんは 「それはすみません そんな事ができるんですね・・」と謝って 登録証も免許証も見せろとは言われず釈放されたそうだ。 だけど、遠目にこのオートバイがビーノと分かって ビーノには50ccしかないと理解して瞬時に呼び止めた 警察官の認識レベルもスゴイと思うけどねぇ。
原チャリ4ストになって走らないですよね・・・体が重くなってるのもあるのですが(爆) 原チャリバッテリー。 物によってはUPSのバッテリーと同一形状で、 安く交換するのに流用するのですが、 発生したガスをリリースしないみたいで、末期に肥大化するのが困りもの UPSから抜けなくなる・・・・・ 目的外の使い方なので一概には言えないですが、 ぴったり収まるケースの場合は要注意です。 しかし、インマニって割れるんだ。 最近の車のエンジンもインマニが樹脂製ですよねー。割れるのかな。
普段乗らないバイクもよく壊れますね。 キャブレター、タイヤ、ゴム部品の劣化などなど、 それでも震災のときには役立つ乗り物なので20年間、 保有し続けています。 どう考えても軽の方が便利なのは確かで、バイクは 売れないのでバイク屋さんは活気がありません。
キスデジのX6が届きました。 いままで愛用してきたX4は赤ブーブーさんに譲ることにしました。 さっそく 15−85を組んで 部屋の中で試し撮り・・ うん?シャッター音は歴代キスデジとだいぶ変わったね。 連写が速くなったのは分かるけど 20Dみたいなメリハリは感じないかな・・ まあ、速いからブラックアウトも短くて良い方向だけど。 高感度は大きく拡張されて ISO12800とか使える様になったけど 撮れた絵をモニターで開いてみて でも、感動がない・・ ISO2500くらいでザラザラは目立ってくるし 同じ物を1DXで撮って開いてみると まったくノイズレスで違いすぎる。。 いやね、1DXとKissX6では 素子の大きさが2倍以上で画素数が同じなんだから 高感度の余裕に違いがあるのは当然なんだけど 今のところX4に比べて大きな進歩が感じられないんだよね。 今回 映像エンジンがDEGIC5になったし どんな風に変わるのか楽しみだったんだけど やはり APS−Cの1800万画素はX4で完成領域だったのか。 ボディもちょっと重くなったし バリアングルは使わないと思うし これは正解だったのかちょっと微妙。 使い込んで感動が得られれば良いんだけど・・ 上の写真 部屋の床にX6置いて 1DXで無造作に撮影したもの。 ISOは12800ですよ! 1/100秒 F4ですよ! これが無造作手持ちで撮れちゃうのが凄まじい。 1DXの凄さに感動した直後なので キスデジの2世代進化が平凡に感じちゃいますね。 でもまあ たぶん 条件の良い明るい屋外で同じレンズを使って写真撮ったら 1DXもキスデジも 俺には差が分からないんだと思うけどねぇ。
相変わらず 1DXは使うたびに軽くショッキングな感動を感じるけど キスデジX6は う〜ん・・う〜ん・・な状態。 で、じっくり調べてみると まず、キットレンズの18-55ISUが後ピンでしたね。。 通常撮影ではそれ程気にならないけど 解像感が劣るのはこれも原因の1つかと。 このカメラ 高感度に自信があるのか ブレを防ぐ設定なのか ISOオートで感度が上がる率が高く感じる。 室内では 気づくとISO3200とかまで上がってるけど そりゃさすがに絵はザラザラになるから印象が悪いんだね。 これは 常用感度の設定を落として対処 後ピンは いつものEFs15-85を使うと解消するから 付属レンズが原因みたい。 でも俺 EFs18-55IS 3個持ってるけど 1個はほぼジャスピンで 2個は若干後ピンで同じ傾向だから まあ、基準の範囲内なのかも知れない。 明るい屋外で絞っちゃえば解消するレベルだと思いますけどね。 そんなわけで 設定をいじりつつ クセを分かってやれば なるほど こういう感じか・・と使いこなせそうです。 だけどそれでも 撮れる絵に関して 今のところキスデジはX4から2世代分の進化は感じませんね。 メカニカル部分では シャッターが変わったので 音が低く小さくなって 連写が速くなったのは分かるんだけど。。 バリアングルとかの搭載で X4に比べると重量がちょっと増えたのも気になるし なんとなく微妙・・ やはり、キスデジはX4が名機だったと言うことになるんじゃないかなぁ。 ちなみにね 素人がフルオートで使ったら 間違いなく 上位クラスの機材を使った方が良い結果を出しますよ。 やはり 良い道具は使い手を助けるんですよねぇ。 まあ、何はともあれ クセが分かってきたのでX6iは良しとして 1DXと2台持って北海道へ行こうと思ってます。 ちなみに先日 1DX持って夕方の西久保湿地で練習撮影していたら 日が落ちてどんどん暗くなり こんな悪条件で手持ち写真は撮れないよな・・ と、思いつつ 数十メートル離れ看板にレンズを向けてみたら なんと、AFが合って写せるんだよね。 肉眼では真っ黒で細かい文字なんか読めないた看板だけど 1/20秒くらいで手持ち撮影して これが読めちゃう。 しかも、色がそれなりに出ている。。 肉眼を完全に超えたな・・と思いましたね。
縁があって 1DX買っちゃいました。 一度1D系を使っちゃうと離れられなくて 結局新型買っちゃうんだなぁ。 中古が値ごなれしてきたら考えようとは思っていたんだけど やはり 1Dと1DSの融合は気になっていたんですよね。 これを手に入れれば 1D3と1DS3の2台を持つ必要ないんだよな・・ と思っていて 先日 FISCOでのイベントで1D3使った撮影を終えて 結果に満足しつつ キスデジの6を買おうと思っていたところに 良い話が舞い込んできて そうなると手持ちの1Dを手放さなきゃな・・ 1DS3使ってくれそうな人がいないかな? と思っていたら タイムリーにフック船長からNSXのメーターの件で相談の電話があったので ついでに 「1DS3買わない? 」と、話を持ちかけて譲ることにして 1DXをオーダー。 高速連写機の1D3は 2世代前になるし 売ってもあまり値が付かないだろうからそのまま持っていよう・・ と、考えていて 昨日1DXが届いたのでテスト撮影。 ところがまあ やはり、2世代の進歩は凄まじい! AFの安定性はまた格段の進歩で ちょっと使ってみただけで驚きの連続・・ 連写の12枚/秒は 2割の高速化も凄まじいもので あれだけ速いと思っていた1D3より更に速い。 撮った絵をPCで開いてまたビックリ 室内で無造作に撮影して オートでISO2000とか全然常用可能な綺麗さで ISO6400とか使ってみても 驚くほどノイズレス。 1DXのISO2000と1DS3のISO400が同じくらいだろうか。 あるいはもっと大きな差だろうか・・ さらに 高感度で暗い中で撮影しても発色がすごく綺麗 これは いままで使ってきたEOSの中でダントツの好結果。 明るい屋外で撮影するなら 1DS3との差は分からないでしょうけどね ISO20万も実験してみたけど 手持ちで写真なんか撮れないでしょう・・と言うくらいの暗がりで 普通に1/30位のシャッター速度が切れる。 でも、用途は思いつかないけど・・ とにかく 色々なことに驚きまくって こうなると 逆に1D3を手元に置く理由が無くなっちゃいました。 反面 いくらか面食らっているのが メニューが変わったんですね・・ いままでのEOS定番のメニュー呼び出しから雰囲気が変わったので 慣れないといけない。 グリップの感触とかスイッチも変わったし。。 参ったのが 画像再生の拡大縮小。 いままでの 右上ボタンじゃなくなったので 片手で操作ができない。 なぜこうしたんだろうなぁ・・ まあ、何となくまだ馴染めない点がありそうだけど 1D系も劇的進歩しているのは間違いないですね。
そういえば、1DX、ファームアップで開放F8でのAFに対応って出てました。 F4レンズのX2テレコンが使えますね。
下の文字化け、おそらくandroid端末がスリープから目覚めたときにリロードして投稿したものと思わます。お手数ですが削除お願いします。 カメレス失礼しました。
smotoさん なにやら 文字化けしてますけど こちらの環境のせいでしょうか?
窶堋ア窶堙ア窶堙寂堙ア窶堙債、1DX窶堋「窶堙≫堋ソ窶堙。窶堋「窶堙懌堋オ窶堋ス窶堋ゥw ナ椎ク窶慊「窶堙坂堋オ窶堋ス窶堋ッ窶堙ツ、ツ債。窶扼窶堙坂ーテ窶堙娯徂窶倪「窶堙「窶堙ァツ、ナステ版椎ク窶堙「窶堙ァ窶堙ツ、ナステサ窶愿シヒテ按湘」窶堙嫁スxツ出窶堋ェ窶堋窶堙ゥ窶堙娯堙窶冉窶抂w 窶堋ア窶堙娯楼ツ、ニ短ニ蓄ニ段ツー窶堙ツ触窶堙≫堋スナツエ窶堋カ窶堙債重窶堋「ニ断ニ谷ニ辰ヒテ闇O窶堙娯「ツカ窶ケテ・窶堙坂堋窶堙ィ窶堙懌堋ケ窶堙ア窶堙窶堋オ窶堋スツ。 RAW窶堙ーナ陳サ窶佛凪堋キ窶堙ゥ窶堙ツ坂「窶堙や堙披堙ェ窶堙「窶昶吮敕イ窶堙鯛「窶昶「ツェ窶堙ツ従窶藩窶ケ@窶堙ヲ窶堙ィ窶堙ヒテク窶堙≫卍」窶堙ィツ出窶堋ケ窶堙ゥ窶堙懌堋キツ。 窶堋「窶堋「窶堙按ーw 窶堙窶堋「窶堋、窶堙ュ窶堋ッ窶堙ツ、ツ債。窶扼窶堙U12窶堙固ステ版椎ク窶堋ィナティ窶堋「窶堋オ窶堙懌堋キツ。
うーん、また散財のお誘いのような記事が〜(>_<) しかし、ちょっとビートの方でまた出費が出そうなので・・・ エンジンメンテも近付いてるはずだし・・・ 我慢我慢! 両方終わって、余力があったら考えよう!
結局 新型を買っちゃいましたね。 デカイのは歴代1Dと同じくらいなのでかまわないんだけど 重くなったのが ちょっと参ったね。 1D2から1D3になって200グラムほど軽量化されて かなり軽く感じていたんだけど また200グラムほど重くなってしまった。 ボディの200グラムって けっこう体感できるもので 昨日 箱からカメラボディを出したとき あ・・やっぱり重いな・・と思った。 まあ、仕方ないので馴れるしか無いですね。 Canonは まさかの6Dデビューでちょっとビックリ。 60D並の大きさでフルサイズと言うことだけど これは正直 俺には興味がわかないかな・・ キスデジがここまで進化した現在 スピード不要な撮影ならキスデジに15−85を組んで使うし 動きものなら断然1Dが優れているから。 そうなると いよいよ5D2は使わなくなるんだろうなぁ。 ちなみに やっぱりkissX6も注文しちゃった。。 久しぶりに買い物暴走モードだぜ。 でも また数年気分良く使えるからね。
こんばんは、1DXいっちゃいましたかw 検討はしたけど、今年は家の塗装やら、車検やらで、収入以上に支出があるので断念w この前、セミナーで触った感じは重いデカイ以外の文句はありませんでした。 RAWを現像すると黒つぶれや白飛び部分も従来機よりも引っ張り出せるます。 いいなーw というわけで、今年もU12の車検お願いします。
こんにちは、TYIZです。 凄まじい猛暑と 平成3年NSXの車検の当たり年から パニック状態が続いていたKSPファクトリーも 9月の中頃を過ぎて一気に静けさが戻り 気付けば10月。 もう、自転車もって乗鞍に行くのは無理だな・・ 7月に出かけておいて良かった。 来年もまた行くことになるだろうけど こんどは乗鞍スカイライン側を自転車で走ってみたいなぁ。 でもまあ 山は無理でも これから2ヶ月ちょっとは もっとも良い観光シーズンですからね 今年の残りを楽しみましょう。 今月22日から25日まで4日間の 北海道旅行を計画中。 今回も飛行機&レンタカー。 北海道の紅葉シーズンは終わっているだろうし 場所によっては雪が降るかも知れないけど この時期が好きなんだよね。 ルートは 21日に仕事が終わってから羽田入りして駐車場で車中泊 22日の早朝 羽田から千歳に飛んで レンタカーで札幌へ行って戸ノ崎君とお昼にして 夕方 旭川へ向かってNSX仲間と夕飯を食べつつ旭川泊 23日は観光しつつ稚内で泊まる予定 稚内へ向かうのは22年ぶりだけど 途中で立ち寄りたいポイントがいくつかあるので楽しみ。 24日は一気に南下して清里の風景画で泊まる 25日は江鳶山の峠越えしつつゆっくり回って釧路から帰る。 という計画なんだけど 稚内まで北上するので 2日目と3日目は走行距離が長そうだし 楽しめるかは天気次第だなぁ。 北海道は ’86年夏以降 二十数回巡っているんだけど 5回目の’90年夏がもっとも楽しかった。 この旅では出会いが多く いまでも付き合いがある人とたくさん会ったんだよな。 俺も25くらいだから若かった。。 今回の稚内北上では 朱鞠内湖や霧立峠 羽幌からサロベツとオロロンライン・・ ノスタルジーでも感じながら走ってみたいと思ってます。
>やなぼーさん 朱鞠内湖は 旭岳で会った旅仲間の姉さんと ライダー数人とでキャンプした けっこう楽しかった思い出の地なんですよね。 真夏なのにすごく寒くて 夜は吐息が白くなるくらいだったと思った。 あの時の旅では ホントに色々ドタバタがあって記憶に深く 2週間かけて5千キロ以上走ったっけ。 >R34さん おお!いらっしゃいませ! 来週行くんですね! やっぱり私のパターンとニアミスですねぇ。 だてに 風景画で2回会ってないですよね。 今回は 友人と会いつつ 懐かしの地を巡ってみるツーリングで 久しぶりに1日の走行距離が多くなりそうです。 セブンで巡っていた頃は 1日に500キロ以上走ったこともあったけど ホントに走るだけになっちゃうから ペース配分を考えつつ楽しみながら巡るルートを考えています。 さて、22年ぶりの稚内 どうなっているんだろうなぁ。 私も24日に風景画に泊まる予定ですが 山下さんによろしく伝えてください。
こんばんは、スカイラインのマフラー交換では、お世話になりました。 自分は、来週北海道に行きます。 いつもは紅葉がキレイな20日近辺なのですが、 その時期、峠が雪で迂回する場面が多々あったので、今年は早めました。 今年の北海道は大変暑く、紅葉は遅れるだろうと「風景画」の宿主が 申してました。 TYIZさんも、短い4日間ですが楽しんできてください。
ニセコから稚内へ寄り道しながら走った人間がいます から、たぶん大丈夫ですよ(^_^;) あの辺は、寄り道以外でほとんど停まることもないで すから(笑) 朱鞠内湖か〜、行ってみたい気が・・・ 来年は、内陸を廻ってみようかな? エンジン降ろしメンテ、そろそろだった気がしますが、 気長に待ってまーす(^_-)
J-COMチャンネルを見ていたら、いい雰囲気のうどん屋さんを紹介していた。 玉川上水緑道側にも入口があるが、表の方の駐車場は3台で満車になる。 豆腐の大豆はフクユタカ、米は新潟コシヒカリ、うどんの小麦粉は 農林61号、天ぷらの野菜も自家製との解説。 文句なしでおいしい、特にコシヒカリは過去最高の甘みを感じさせてくれた。
FISCOイベントも終わって ファクトリーも一段落気分 やっと日常に戻ってきました。 しかし スゴイ雰囲気のうどん屋さんですね。 玉川上水か これは行ってみたいな・・ しかし木曜定休っぽいな。
ようやく北海道初日(8/27)の写真の整理が終わりました。 写真は、上から 1.函館山からのアンドロメダ星雲 2.函館の朝 3.朝日を浴びる特急「北斗星」 4.松前城 5.江差の開陽丸 6.神威岬 7.島武意海岸 8.羊蹄山と倶知安の夜景 夜行のフェリーで渡ったので、明るくなるまで函館をフラフラ してました。 しかし、明るい函館山から、アンドロメダがここまで写るとは 驚きでしたね!ウチのあたりで同じ条件で撮ると、完全に白飛 びです。 函館の街は、夕暮れ時と言われてますが、明け方も空がきれい で良いんですよね! 「北斗星」は、走り始めてから、ちょうどすれ違うな!と、脇 道に入って撮ってみました。 松前城は、8時前に着いたので中は見れなかった(爆) 積丹半島は、いつものように絶景でした! 最後の写真は、ホテルの屋上にテラスがあったので、そこから のものです。 楽しかったのですが・・・ 撮った写真の枚数が半端じゃなかった(>_<) こっちに帰って、現実に戻ると・・・ 何とも忙しく、楽しかった旅の日々が夢のようです。 全部見るのにどれくらいかかるかな? もしよろしければ、続きもあげていきますね。 ただ、今年の北海道は暑かったな〜(>_<)
TYIZさんも道北へ行きますか! 地味な感じですが、何も無さ?なら、道東に負けてないですからね(笑) ただ、稚内駅はきれいになっちゃって、最果て感は感じられなかったですよ。 今じゃ、半分鉄道駅、半分道の駅です。 写真は 1.能取岬への道 2.女満別・メルヘンの丘 3.開陽台 4.知床峠 5.斜里の外れのどこまで続くんだ?の直線道路 6.清里町・宇宙展望台からの景色 7.上士幌町糠平の廃線跡 8.新日本海フェリー・能代沖の日の出 9.遊佐のあたりにて 私は、1週間あったので、地ベタを這って行きました(^_^;) やはり、天気が良いと気持ちいいですね。 「晴れ男」の本領発揮? 暑かったけど、こっちに比べればマシだったので・・・(^_^)v でも、今回も知床5湖は廻れなかった・・・ 午後2時くらいまで待ちましたが、そこで 「クマが1湖の方へ戻ってきてる」と連絡が入り、 その日は閉鎖が決定しました。 またチャレンジするしかないか! しかし・・・ 「熊谷」も有名になったもので、あちこちで・・・ 「熊谷、って、「あの」熊谷ですか?」 と、聞かれました(^_^;)
お帰りなさい 天気に恵まれた様で良かったですね。 自分は 来月の中頃 飛行機&レンタカーで行こうと思ってます。 今回は4日間の予定で 千歳から入って稚内へ行ってみようかと考えてます 紅葉は微妙だけど 最果てらしい荒涼とした感じが見られるんじゃないかと思って。 その後南下して道東まで降りて帰路につこうかと。 1週間あれば 自走で行くんだけどなぁ。
とりあえず、整理できたところまでです。 1.羊蹄山と日の出 2.石狩望来の丘にて 3,4.利尻富士に沈む夕日! 5.紋別・巨大カニのモニュメント 6.サロマ湖に沈む夕日 今回は、天気が良かったので、日の出日の入りは結構 あちこちで見れました! カニの爪は・・・ ある意味絶景かと・・・(笑)
今日、決断しました! 8月26日(日)〜9月2日(日)まで、北の大地を目指し旅に出ます(^^)/ いろいろ話題になってるメインリレーは、予備を積んで、簡単な工具は 持って行きますね。たぶん、大丈夫だと思いますけど・・・ トラブル発生の際は・・・ ご相談しますm(_ _)m さあ、今年はどのコースにしようかな? これから考えます(*^_^*)
弟子屈に在住でしたか、尾岱沼に行った時、弟子屈空港でセスナの遊覧飛行を 経験したことが懐かしいです。 野付半島の国後島が見える広大な土地を持つ地主さんが土地を売りたい、 跡継ぎがなく外国人でもかまわないと話していました。水源を外国資本から 守れというテレビ番組でしたが北方領土のことを考えると国が買えないものか と感じました。
行ってきました! 北海道! 昨日の夜に帰りました。 ただ・・・ 1週間空けたということは、自分しかいない自営業者・・・ その間の仕事がまるまるとたまってて・・・ 現在もまだやってます(T_T) 写真は、行く途中の「八幡平アスピーテライン」「弘前城」「青森港」にて 一緒に写ってるBlackbirdは、ブログ仲間のものです。 マイブログ http://hi-yana-beat-nsx.blog.so-net.ne.jp/ 良かったら、見てやってくださいm(_ _)m しかし・・・ ハイテンションで1000枚も撮ってしまって、整理が追いつきません。 足りなくなって、途中でメモリを買いました(^_^;) そのうちに道内の写真もなんとか・・・m(_ _)m 野付半島は、一昨年に行きました。 というか・・・ かつて、弟子屈に住んでまして、何度も行ってる場所なんですよ。 確かに、昔に比べて立ち枯れた木が増えていましたね。 同じく知床も何度も行ってるのですが、5湖は、2湖までしか見たことが ありません。 今回も、クマさん登場! で、最悪の遊歩道歩いただけでした(T_T) でも、天気には恵まれすぎて・・・ 「避暑」には、全くなりませんでしたけどね・・・(^_^;)
30年前に行った、野付半島トドワラの風景が忘れられません。 今やトドワラも消滅寸前、野付半島自体が海面上昇で消失すると 言われています。近くを通るのであれば立ち寄ってみてください。
いいですねぇ 明日出発ですね。 気をつけて行ってきてください。 私は 10月に飛行機&レンタカーで行こうと思ってます 来年は NSXで行きたいなぁ。
こんにちは、TYIZです KSPファクトリーは 先週 月曜から金曜まで盆休みでした。 今までは スタッフ交代で休んで盆休みも営業していたんだけど 去年と今年は閉めていた次第。 でも 連休前の納車と 休み明けのバタバタが激しく これは大変でした。 まあ 世間との休みがずれている我々だから たまには 友人と会ったり出来るので良いんだけど どこへ行っても混んでますね。 で、初日は 恒例になってる 旧友の家の草刈りに出かける。 久しぶりに行ってみれば やっぱり草がスゴイ事になってる 今回は 姉貴の娘さんの娘さん つまりはお孫さんも参加。 4歳の女の子なんだけど 大人と同じように作業したがるので楽しい。 背の高い草は1メートルちょっとで 電動の草刈り機じゃかなり手強いけど ガンバって刈り払う。 この、旧友の家 市街化調整区域に建っていて ここには住宅を再建できる土地の条件なんだけど 家の前は畑と山で裏は畑 こちらは 宅地化できない条件なんだそうで 東側は墓地で お隣さんは西側の家だけ。 115坪ほどの広さがあるし 自然が好きな人なら 良い条件の場所だと思う。 ヤツが死んで3年ほど乗っていない軽トラは 自分が半年に一度くらい エンジンをかけているんだけど だいぶ調子が悪く 今回も 始動は出来るけどアイドリング不安定で アクセル煽っても吹けないし こりゃ 先々 処分するときに動かなくて苦労するかな? と思って 草刈り作業中 ずっとアイドリングで回しておいたら かなり調子が良くなって普通に走るようになった やっぱりエンジンって 動かさないとダメだね。 そうそう 先月 この土地を測量することになって 俺も立ち会ったんだけど、 草をかき分け 軽トラを移動しようとバッテリーを繋ごうと思ったら 突然 数匹の蜂が襲ってきて 右手を刺された。。 かなり攻撃的だったので 何事かと思ったら 軽トラの後輪の後ろに足長蜂の巣があったんだね・・ 巣は拳くらいの大きさで 親蜂が10匹くらいいた。 右手にガサガサ・・と来たので すぐ払い落としたんだけど 軽く刺されたようで じんじん痛みつつ腫れてきた。 痛みより刺したハチに腹が立ち 土地の測量が終わった後 蜂の野郎!絶対退治してやる!と 殺虫剤を持って蜂の巣に突撃! 逃げ惑う蜂を 「俺を刺したのはオマエか!?」と追いまくり 親蜂を全て落として 巣も蹴り落として蜂の子も蟻のエサにしてやった。。 ざまあみやがれ。と思ったけど 翌朝 刺された右手が「すごくかゆい・・」と思ったら 真っ赤なグローブみたいに腫れ上がってる・・ 参ったな・・ これって軽いアナフィラキシーか? と、仕方なく病院へ。 「蜂に刺されて痛いのは当然だけど 痒いのは珍しいですね まあ、あなたはそういう症状なんでしょう でも、倒れてはいないんだから大丈夫ですね」とのことで やっぱりアレルギーみたい。 ステロイド系の薬が好きな医者なので ステロイドの塗り薬2種類と飲み薬3種類ほど処方された。 これが超強力で 一日で腫れは引いて痒みが治まる。 量と回数を厳守で指示されたけど 腫れが収まったので薬を塗るのをやめると 再び腫れてくるから やっぱり、ステロイドで症状だけ消してるんだね。 何はともあれ 20年ぶりくらいに蜂に刺されたぜ。。 そんなわけで 草刈りを終えて 姉貴と孫さんとスイカ食べたりして遊ぶ。 父親がいないこの子は俺にもすっかりなついてくれた様で こんどどこかへドライブに出かけようね。。とか話した。 高校時代 リビングで寝転んで友人と話したりしたこの家も 今は両親とヤツの3人の遺影があるだけ。 住み手もいないし老朽化も激しく そろそろ処分の時が近づいてるようで 残念なことだけど仕方がないな。 ホントはこの家で夕飯宴会しようと思ったんだけど 翌日片付けが出ちゃうし 準備してもらうのも大変だろうから 今回も姉貴と徳寿庵へ出かけることにする。 お昼は蕎麦とスイカだったので ハラへった・・と 寿司とうどんの松風セットとやらをたのむ。 これがけっこうな量でビックリ でも やっぱりお酒って別腹なんだね・・ ビール2杯から焼酎数杯に日本酒 そしてビールに戻る・・ さすがに飲み過ぎ。 酒豪を自負する姉貴も目が回ってるみたい。 さて、運転代行を依頼するぜ。。と 前回の業者さんに電話すると 「今日は忙しく クルマが出払っていまして 1時間ほどかかります・・」とのこと。 そりゃ参ったな・・ もうすぐ閉店の0時なんだよな・・ 最悪 姉貴は家が近いから歩いて送って 俺はVOXYで車中泊するかな・・ とも思ったんだけど 一応 レジのお姉ちゃんに 「代行呼んでもらえます?」と話すと 「はい。。10分くらいで来るそうです」とのこと。 なんだ、ヒマな業者も有るのかな・・でも助かった。 で、早々に到着した代行屋さんにVOXY運転してもらって 姉貴を家の近くで降ろし 自宅まで運転してもらう。 今回の運転手は30代のお兄ちゃん 「やっぱりアルバイトですか?」と訊いてみれば 「いえ、親がやってる家業なんです」とのこと。 なるほどね。 でも 先々を考えて 介護の資格を取っているそうで いつか 自分で介護タクシーの仕事を開業したいんだそうです。 なるほどねぇ がんばるなぁ。 家に到着し さて、いくらかな。と思ったら 約10キロで3950円 前回の業者さんより千円も安かった。 運転代行って 業者間で料金の取り決めって無いのかな。 まあ、安い分には文句ないけどねぇ かなり飲んじゃったので このまま寝たら 壮絶な二日酔いになると思って 眠気をこらえて3時過ぎまでPCの前でがんばる。 翌日 やっぱりアタマが痛い・・ 昼頃までゴロゴロしていて起き出し 弟の車の所有権解除などの手続きのため陸自へ。 やっぱり 市役所も陸運局も 盆休みは無いんだよな。 でも、業者は休みが多いから当然ガラガラ。。 KSPファクトリーは 車検のNSXが何台も貯まっているんだから やっぱり休まず陸自へ通った方が良かったよなぁ・・と思った。 15日水曜 友人と3人で長野方面へ出かける予定でVOXYで出発。 昨年 ラシーンで走った 秩父越えで小諸へ抜けるルートを考えていたんだけど ニッチツの廃墟を散策してみたくて向かってみる。 ニッチツ鉱山に昼頃到着すると 大音響でエーデルワイスが流れた これがお昼の知らせか・・ やはり、この鉱山はまだ生きてるんだな でも かつての社宅があった集落はまるまる廃墟になっていて 有名なスポットなんだよね。 クルマを駐めて廃集落に歩いて入ってみる。 これが ちょっとビックリなくらい 生活感が残っている。 荷物はまだまだ残っている住居も多く どういった経緯で引っ越していったのか。 保育園や公民館など 草に埋もれつつも健在 う〜ん、でもやっぱり廃墟は不気味だ・・ 廃墟の愛好家というのは多数いるみたいだけど やっぱり俺には向かないかも。。 この廃墟群では有名な 小倉沢小学校は是非見てみたかったんだけど きつく閉鎖されているので諦めた。 ネットで調べると ここに潜入した人のレポートが多々あるけれど よくまあ あそこに突入するなぁ。 そんなわけで 廃墟見物にはおおむね満足。 でも あえて再び深く探求する気にはなれないかな・・ 林道を上り 山頂のトンネル 八丁隧道を抜けると 辺りは霧で真っ白。 こりゃ 遠くへ出かける気にはなれないか・・ と言うことで R299をUターン 時間が余ったので 橋立の鍾乳洞へ行ってみたんだけど 先日の日原に比べるとあまりにもスケールが小さく ここも、もお・・いいかな・・という感じだった。 夕飯は 所沢の「ひな野」へ。 以前も紹介した「自然食系の食べ放題の店」だけど 同行した大食いの友人が 目の前で凄まじい量を食いまくるので もお、、俺は腹一杯で見てるだけで気分悪くなるぜ・・ と言う感じだった。 まあ、色々食べられるのでおもしろいんだけどね。 16日木曜は かみさんと買い物に出たりして 家の掃除などを全力で行う。 ベランダの床にペンキ塗ったり カビキラーを片手に風呂場の掃除など。。 17日金曜 盆休みも残る1日だけど どうしようか・・ 秩父方面ドライブを一人でリベンジしようか・・ と考えていたんだけど 先日会ったお孫さんが姉貴のところに泊まりに来ていることで じゃあ、約束のドライブに連れて行くよ。。 夏に子供を遊ばせるなら河原でしょう! というわけで 青梅の釜の淵公園へ。 ここは 多摩川の河原で うちの子供が小さい頃によく連れてきたんだよね。 姉貴と孫さんは河原で遊んでいて 俺は河原に敷いた銀マットで寝転ぶ。 うん、やっと夏休みらしい過ごし方かな・・ でも こうやって再び子連れで 河原に来る日があるとは思わなかったので楽しかった。 そんなわけで 過ぎてみるとあっという間の5日間でしたね。 今月は 月末にでも もう一度遠出してみようかと思っているんだけど 中津川林道は 決壊が激しく とうぶん通行止めだそうで 林道での峠越えは無理っぽいし どこへ行こうか思案中。 乗鞍は もうちょっと涼しくなってから もう一度行ってみようと思ってるけどねぇ。
知床の岩尾別付近で道路際にある廃屋。 やはり 開拓時代のモノだろうから 経過している年月が違うよね。 ニッチツ社宅との違いは 腐乱死体と白骨の差かな・・ あと50年くらい放置すれば ニッチツ廃墟も見る目が変わるのかも知れないけど 北海道の廃墟は 木造で傾いていて青空だから絵になるのかもねぇ。
あっ! 私も、先日足尾で廃墟巡りみたいなことやってました(^_^;) でも、ここはこれでも一部現役!ですけどね。 それと、ブログ見ましたが、やっぱり中までは見ない方が良いかな。 小学校は、まだ何かに使えそうな気がしましたけど。 最近は、あちこちに廃校宿みたいなものも出来てますしね。 北海道は、廃墟の宝庫かもしれませんね(^_^;) やはり雪で朽ち果てていくのも早いんでしょう。 行けたとしても、廻ったりはしませんよ(笑) 今日は熊谷38℃だって・・・(爆)
廃屋を扱うページに感化されて 「よし、俺も廃墟を見に行くぜ!」 と思って足を踏み入れたんだけど、 どうにも これが楽しいとは思えないし美しいとも思えない・・ 屋内の写真も撮ったけど 残った生活感が不気味なだけで これまた あえて見たくない・・という感じ。 感心なのは 屋外に荷物が散乱するとか 著しく荒らされている雰囲気は無いんだな。 廃屋探検する人は 物を持ち出さない暗黙のルールがあるみたい。 まあ、グチャグチャだけどね・・ ホームレスでも住み着いたら困るだろうなぁ。 廃墟と言えば この人のブログはスゴイ・・ http://applesoda777.blog.fc2.com/ 女一人で廃屋探検とか よくまあ 怖くないな。 まあ 屋内に入ったりせず 森に飲み込まれる廃墟を外から眺めるくらいなら 絵になるモノもあるんでしょうね。 そういえば 北海道へ行けば 開拓時代の廃屋なんてたくさんありますねぇ 初めてバイクで北海道へ行ったとき 函館から大沼へ向かう道で 道路脇に多数残っている廃屋を見て 「これってなんだろう・・」と不思議に思ったっけ。 その後も 道東の広大な畑の中にも 知床にだって 開拓時代の廃屋は点在していて 多くは森や林に飲まれていく途中だったから 妙に絵になったんだよな。 やっぱり 中に入ろうとは思わなかったなぁ。
ニッチツ、行きましたか。 私は古い建造物は好きですが、ああいうのは苦手で・・・ 脇をよく走りますが、通過するだけです(^_^;) 「エーデルワイス」 秩父市の時報がそうだったような??? マムシなどは論外ですが、ハチとムカデは要注意ですよ! 昔、巨大ムカデに左手を咬まれて、痺れて麻痺してきて、2速だけで病院に行った ことがありますから。途中の信号のタイミング合わせるのが大変だった(>_<) 今月はひたすら仕事でしたが・・・ 来週の北海道、ちょっと希望が見えてきました(^_^)v
10年ぶりの大阪では積もる話が多くて喉が痛くなった。金魚の養殖は大和郡山で 盛んだそうだ。信楽に連れて行ってもらったが一日違いで豪雨にあたらずラッキー。 船場のうどん屋が休みだったのは残念、東京駅の復元は順調のようだった。 当分の間、大阪の人の多くが名古屋より東には行きたくないという意見だった。
キスデジの6をね 買おうと思ってたんですよ・・ でも 船長に1D3譲ってから 高速連写機が無くなったのが寂しくて 方向転換して 中古で1D3再入手してしまった。。
点検のためCanonのサポートに出していた1D3が帰ってきました。 実はこの1D3 逆輸入品みたいで 買って 説明書読み始めたら あれ・・どこまでめくっても日本語が無い・・ というか 全ページ英語じゃん? もう一冊の説明書はスペイン語だ・・ もしかして・・と 元箱の中にあったチラシを見るとすべて英語で 保証書の切り取った残りを見ると CanonUSAと書いてある。 なるほど・・ シリアルナンバーはだいぶ初期の物だから 発売直後の入手困難な頃 だれかが逆輸入したものだろうか。 これを 日本のサポートに送ったらどうなるだろう?と思って 点検がてら 三脚座の部分のグリップラバーに損傷があって 背面のラバーも1D3定番の症状で剥がれがあったので 「実費で良いからラバーを交換してくれ。」と紙に書いて送ったら 電話があって ラバーの部品代は2千何百円かで 張り替えの工賃が1万2千円とのこと。 「両面テープの付いたラバーを貼り替えるのに1万円以上の工賃は高いでしょう? じゃあ、部品だけ送ってください」 と、伝えたところ 分かりました 部品代だけでけっこうです。 と言うことになって 月末に返送するとのことで了解し 電話を切る。 で、一昨日また電話があって 点検などを含めて作業が完了したので送るとのこと。 早かったな・・ ちなみにいくらでしょう?と訊くと 「今回は無料でけっこうです」とのこと。 何でだろうねぇ・・ まあ、良いんだけど 以前 18−55レンズのAF不調で送ったときも 保証書も無かったんだけど すったもんだで無料になった。 サポートってそんなものなのか・・ 今回の1D3 入手したときから 妙にキレイで使い込まれていないな・・ シャッターのレリーズ回数は5万以下 とのことだったんだけど サポートで調べてもらったら5900回ほどだった。 そりゃ使い込んでいないわけだ。 サーキットで撮りまくれば 1日で2千ショットくらい撮るんだから 6千ショットなんてわずかなものだ。 今回のサポートでの整備で 下面のラバー交換のみを依頼したんだけど グリップラバーと書いたためか握りのところのラバーも交換してあって 本体の隅々はもとより ミラーや素子まで掃除されて新ピカになって帰ってきた。 サービス良いねぇ。
LEDライトなんだけど あのあと 強烈なヤツをいくつか仕立てて 自転車や車載に使っていたんだけど 2本ほど故障してそのままなんですねぇ。 現在 この手のライト用のパワーLEDは CREEのXMLというのが最強なんだけど これをリチウムイオン電池で駆動する定電流サーキットボードが このところ手に入らなくて また 近いうちにLEDもパワーアップする気がして 今は傍観なんです。 LEDって どこまで明るくなるんだろうねぇ。。 ちなみに ラシーンのルームランプに CREEのXP-Gを使ってみました。 市販のLEDルームランプはみんな色温度が高く青白くて 視認性が悪いから 色温度が純白から黄色よりのXP-Gを使ってみたら これが素晴らしい。 XP-Gは直径2ミリ程度の小型パワーLEDなんだけど 3.2Vで1A程度流れるから 実はスゴイ性能。 アルミの板にダウンコンバーター2個と XP-Gを2個付けてルームランプに入れてみたら まず、発熱がすごくてアルミ板が触れないくらいになる・・ おまけに 車内でXP-G2個は明るすぎ。 なので 配線切って1発で使ってます。
高速連写機は 無くなって分かる寂しさです。 ちょっとシャッターから指を戻すのが遅いと 数連発暴走しちゃうような 激烈な反応の良さは やっぱり魅力 1D3は メーカーに点検に出すたび 調子が良くなっていったような気がして 船長に譲ったときは 絶大な信頼を感じるくらい調子は良かったです。 今回の機体は う〜ん、ピント外しが多いかな? と思うので 盆明けにメーカー送りする予定。 ちょっと困ったのが キヤノンのワンハンドストラップE1 EOS1系には 是非欲しいアイテムで このストラップを付けるだけで 片手で持っているときの安心感が大きく向上するし ネックストラップとの併用も出来るし 1D3と共に譲っちゃったから 今回も買おうと思ってネットで調べると なんと、絶版・・ マジか! そりゃないぜ・・ ひとつくらいどこかで売ってないかな・・ と、探しまくったけど だいぶ前に販売終了したみたいでどこにもない・・ で、ヤフオクを探してみると なんと 数件の出品があり かなり安価。 な〜んだ やっぱり売ってるじゃん。と思って 1650円ほどで落札。 ホントは 絶版入手困難だから2〜3個買ってやろうかと思ったんだけど 模造品だったりしたらイヤだな・・と思って 慎重になり 1個購入。 届いたモノを見ると まあ・・やっぱりパチ物・・ 出来はかなり悪く 造形も悪いし中のスポンジが妙に厚くて手にフィットしない。 Canonのロゴが不自然に踊ってるし 樹脂部品のロゴが不鮮明・・ やっぱりねぇ。 もちろん 出品物の写真は純正品だったので この点を指摘しつつ 出品者にクレームを言ったところ 途中で製品が変わったようだ・・ 今回は返金する。とのこと。 手元に残った商品は佐川の着払いで送って良いのか? と、問い合わせれば 不要なら処分してくれとのこと。 まあ、そうなると思ったけど。 それにしても 何故こんな安価な物をコピーするのかねぇ。 仕方なく 純正の後継品 E2を購入。 まあ、使い勝手はほぼ変わらずか ちょっと良くなったかも。 造形の拘りはE1の方が良かったけどね。 そんなわけで どこかのカメラ屋さんに E1の長期在庫でもあったら探そうかと思うけど まあ、とりあえずはE2を使おうと思う。
どうもです。 1D3をまた買ってしまったんですね。(笑) あの時もかなり譲るかどうか悩んでましたからね〜。 なんだか申し訳ないです。。 こちらの1D3はTYIZさんが使っていたカメラだけあって 絶好調です。 今の僕には何の不満も無いのでこのまま長く使っていこうかと思ってます。 ところでLEDライトなんですが、あれからもう作って無いですか? 3個あるうちの1個がダメになってしまったようなので 1個欲しいです。 で、どうせならスペシャルなやつが欲しいので余っていたら 1個譲ってください。(笑) ではでは。
>MX43さん 俺的には キムタクなんてどうでも良いし だれがCMやっててもかまわないんだけど Nikonの広報で やたらキヤノンを意識した敵意のある文とか APS-Cが最善!を連呼していたのに SONYが素子を作ってくれたら即採用してフルサイズ最善・・ に、したり そんな苦しい戦略に踊らされながらも Nikonがやることが最善!と それにならうファンの心理が どうにも好きになれない。 NikonのFマウントもCanonのEFマウントも 35oフィルムに対して適正化されて作られた規格だし レンズの焦点距離だって フィルム時代に最善を追い続けた数値なんだから フィルムと同サイズの撮像素子が最善なのは 誰が考えたって当然でしょう。 大きなレンズマウントに対して APS-Cの小さな素子は 素子を小さく作る事によるコストダウンの結果生まれた異形であり アンバランスだったわけです。 でも 多数売られたAPS-Cは市民権を得て レンズマウントは35o用のままだけど 焦点距離はAPS-Cに最適化されたレンズが続々開発されて 事実上 バランスを取り戻しているわけですよね。 ホントは APS-C専用のマウントを作れば キスデジももうちょっと小型化できたのかも知れないけど 各社のシェア争いなど 様々な理由があって レンズマウントは変えられないわけですね。 故に 35oマウントで最上級の絵が欲しければ 35oフルサイズの素子を使うのが最善となるのは 素人が考えたって当然だと思うわけだ。 今では技術も劇的に進歩して 実際 同じレンズで良い条件で撮影したら キスデジと1Dの差は私には分からないかも知れないな。 >smotoさん やっぱり1D3買い戻しちゃいました。。 1D3でたくさん撮った写真を見ると やっぱり 高速連写機ならではだし 実際 ファインダーの広さとか1Ds3より使いやすいんだよねぇ。 EOS-Mは微妙だねぇ・・ とにかく 逆光補正のためフラッシュは是非欲しいんだよね。 次のモデルに期待ですね。
こんにちは。1D3に出戻りましたかwww 先日1DXのRAW現像を見せてもらったのですが、白飛びしてるデータから補正していくと、 結構情報を戻せるのにびっくり。1DX欲しいけどやっぱりお値段がね・・・・ オリンピックのシェア争いでcanonとNikon、両方とも勝利宣言には笑った。 EOS-Mさわってきました。小型化最優先でストロボもEVFもなしと言っていましたが、 上位機種での展開がありそうな感じです。 ストロボ無くても常識外れの超高感度があれば見えないものも映っちゃいますからね。 個人的にはバリアングルモニターがついていたら買ったかも。 EFレンズ付けると、外付けグリップも欲しい!!・・・どんどんデカく・・・・ EFレンズコンバータはサードパーティーのレンズアダプタの可能性が出てくるような予感! あの幅があれば、バッテリー積んで電気信号の変換もできちゃったりするかも。 EOS7Dの新ファームで連続撮影枚数がほぼ倍に・・・今までなんだったんだろうか・・・ (バグがあるようですが)
これぞお薦めのKissがあるのがEOSの強いところですね。 Canon、EOS、EOS Kiss全てがブランドとして自立しています。 HPを見るとNikonより明るいイメージで親しみやすい。一方、 Nikonは木村拓哉がCMキャラであることを思い出させた。 金曜23時FM東京、木村拓哉のWhtat's UP SMAP!のスポンサー はNikonだけどカメラの話は出てこない。同じ金曜21時FM79.5 坂崎幸之助のK's TRANSMISSIONではリコーGRデジタルの写りや SIGMA DP2 MerrillがRAW+JPEG採用したとか頻繁に解説している。 両方とも15年以上続く長寿番組で面白いです。 EOSのネーミングはジオンの形式名のようで判りにくいけど Kissがあるから許されるような感じがする。 Kiss X6iのタッチパネルがEOS初とありますが採用が広がる と思いますか。普通は上から下にだから無いかな。
さて・・ 最近のニコンは分からないけど 一昔前 一眼レフに使われる 大型の撮像素子は キヤノンが自社製で 他のメーカーはSONYのOEMでした。 だからひと世代前は 素子の性能でキヤノンの独壇場だった感じで 大型のフルサイズ素子をフラッグシップにキヤノンがシェアを伸ばし ニコンは非常に苦しい広告戦略を行っていました。 SONYがミノルタを吸収して やっと一眼レフに本気になって 開発してきたCMOS素子の性能が非常に高く もともと メカニカル部分はニコンの方が上(だと思う)だったから これでキヤノンと同等かちょっとリード。 現代のデジタル一眼レフカメラは メカニカル部分はもとより 素子性能とソフトウェア処理の優秀さなどを広範囲に問われるので この2社の性能競争は その他のメーカーをブッチギッて過熱 今は ガチにぶつかるモデルを避けるようなラインナップになって共存・・ という感じでしょうか。 高性能を売りにプロ機に進出しようとしたオリンパスは敗退 そりゃ APS-Cより素子が小さいフォーサーズで仕事するプロは希でしょうから。 だから PENとかOMとか 往年のカメラ好きが目を向けてくれそうなレトロ方向を模索・・ でも、これって長続きしない予感。 SONYは ミノルタの遺産 αのボディ内蔵手ぶれ補正を売りにして出陣したけど 思った通り シェアは伸びず ミラーレスに逃げた感じ。 ペンタックスもパッとしなかったけど ミラーレスのQはおもしろそう。 APS-Cに拘らず 潔く小型素子を使ったのが超小型一眼に繋がったみたいだけど 撮れた絵に興味がありますね。 ちゃんとフラッシュが付いているのもえらい。 EOS-Mってフラッシュ無いんだよね・・ お気軽カメラでこれが信じられない。 ボディが小さくたって 外部フラッシュなんか持ち歩きたくないからねぇ EOSのフラッシュ制御は素晴らしく 逆光で影を消すときとか 私はかなり使います。 5D2を常用しないのも 内蔵フラッシュが無いのが大きな要因だったりします 総じて考えると コストパフォーマンスを加味しても キスデジの優秀さが抜きんでていると思うわけです。 いまこの瞬間 新規にデジタル一眼レフを買うなら コストパフォーマンスを考えて kissX5の18-55レンズキットをお勧めしますね。 これが最安値で5万円切ってるんだから 間違いなく底値でしょうね。
デジタル一眼においてニコン対キャノンの勢力図はどのような状況ですか。 普及機、高級機、プロ用などで評価は分かれるとは思いますが、性能においても 一長一短が明確に両社にはありますか。 ボディ、レンズ、非純正レンズと別々に見る必要もあるでしょうが 使用した実感からの評価も教えて下さい。
ミラーレスのメリットは そりゃ 同じ撮像素子を使うなら ボディやレンズを小型に出来るわけで これが唯一じゃないかな。 当然 メカニカル部分が著しく減るから 大きくコストダウンできるはず。 デメリットは ハーフミラーが無いから AF専用素子を使えないし 何より 光学ファインダーが設けられない・・ 今回のEOS-Mには期待していたんだけど やっぱり キスデジとシェア食い合いをしたくなかったんでしょうね。 光学ファインダーは諦めても良いと思ったけど EVFすら付けてこなかったのには呆れた・・ これ 背面の液晶モニターを見ながら 腕を伸ばして使うカメラというわけですよね・・ ファインダーが無い一眼なんて・・ 素子はAPS-Cだけど レンズがキスデジより小さくなって 同じ絵が撮れるとも思えないし まあ、用途によっては生きるんでしょうけどねぇ と、言いつつも どこかのお店で現物を見て 小型高性能に感動したら 次期モデルでEVF付きになると思うからそれを検討します。 APS-Hは 切り抜き効果による望遠というメリットが有るんだけど 広角が弱くなる弱点があるわけですよね。 50oとか28−70とか 常用するレンズの焦点距離は 35oフィルム つまりはフルサイズに適しているわけで 素子が小さいAPS-Hでは全て1.3倍となるわけで EF24−105は 画角的に31−136相当になるわけです。 これがAPS−Cだと1.6倍で さらに広角側が不利になるんだけど 多量に売られたAPS-Cサイズは市民権を得て 専用イメージサークルのレンズが豊富に発売になりました。 でも 孤高の存在になった1DのAPS−Hは 好む人もいるけど 専用レンズは無いから 広角の弱さはどうにもならないわけで 今回の1DXでは フルサイズで高速連写出来る仕様にしてきた次第ですね。 たぶん メーカーも業務で使っているユーザーから様々な意見を聞いた上で ライバルニコンがD3でフルサイズ化したのを見過ごせず 1D系もフルサイズになった・・と言う図式じゃ無いでしょうかねぇ。
キャノンからもミラーレスのEOS Mがでますがミラーレスのメリット、 デメリットには何がありますか。 1D4が最後のAPS−Hとありますが終了になった理由は販売台数の 問題でしょうか。
一度使うと 業務機のパワーはホントに素晴らしいのを実感します。 1D3は デビュー直後から 不具合などの報告が相次ぎ 不運な機体だったんだけど 実際使ってみると そんなことないんだよね。 自分は 1D2を使って その性能に驚いて1D3は新品で買った次第で 5D系と1本化するため1Ds3を購入して1D3は手放したんだけど やっぱり 高速連写機は使っていて楽しい。 また、フルサイズじゃなく APS−Hというのが 眼鏡を使う自分にとってちょうど良く ファインダーの中が見渡せるんだよね。 1D4を探すか いっそのこと1DXへ行くか悩んだんだけど 1D4は最後のAPS−Hで価格高騰だし 1DXは出たばかりでこれまた高額。 値ごなれした1D3を再び・・というわけです。 今回入手した1D3は どうやら リコール点検に出していない機体みたいだから 盆休み明けにキヤノンに送って整備してもらおう。 昨日 テスト撮影で西久保湿地周辺を歩いたときは 不具合は感じなかったけどな。 上の花火は 8月1日に横浜の花火を船から見たときの写真です。 思えば こんな間近で花火を見たのは初めてだった なにしろ キスデジに15−85を組んでいるのに 広角側目一杯でも花火の全景が入りきらないのスケール 1万発ほど打ち上げたんだとか。 人間の目は狡く出来ているから 火花しか印象に残らないけど 実は花火って 煙がすごいんだよね・・ 数百発を連発で上げると 煙で辺りが霞んでしまう。 大きさや色で露出が目まぐるしく変わる 花火を静止画で綺麗におさえるのはけっこう難しいモノで 色々試したけど やはり、マイナス補正で撮ってRaw現像・・というのが確実でした。 試しに キスデジで動画を撮ったんだけど こちらは フルオートでホントに上手く撮れる こんな壮絶な花火を洋上から眺めるのも贅沢でしたね。
キスデジ6が1D3ですか! だいぶ方向性が違うような・・・(^_^;) 私ももう1台欲しい気がしてるのですが、またキスデジかな? TYIZさんの逆で、奇数機ばかり買ってますが(^_^;) フルサイズもありかな? 考え始めると悩ましい・・・ それと・・・ 今月末の北海道、少し希望が見えてきました(*^_^*) 写真は、地元の?深谷花火 地元とはいえ遠かったので、望遠で撮ってますけど・・・
寝付く前に、聞き疲れしないラジオという用途に最適なのだが、私が1974年に 買ったICF-5800ことスカイセンサー5800はトランジスタが寿命で使い物にならない。 15年前に部品が無いと修理不能で返却となったことがある。 5800は小さい音でもパワー感があり高音質である。AM高感度で評価の高い現行品、 ICF-EX5Mk2でも音質ではかなわない。チップ部品による回路だからかもしれない。 今は古いラジオを修理するところがネットで見つかるので隔世の感があるが それなりに高額の費用はかかる。 当時、短波には興味が湧かず、コッキーポップやラジオドラマの名作 小松左京 『日本沈没』をよく聞いていたものだ。 (1973年10月8日から1974年4月5日の半年間全130回毎日放送制作で、9:00〜15分の 帯番組として月曜から金曜の毎日、ニッポン放送系列で放送された。) さて、こういう時は不思議とジャンクが集まる、ICF-5500の電池の液漏れで 金具が腐った物と5800同様トランジスタが逝った物だ。ステレオアダプター STA-110Fまで付いてきた。TFM-110F(1967年)と同じデザインだが5500でも使える。 ニコイチ5500は無事完成したが音質はイマイチ、スリープタイマーが無いので お蔵入りだったICF-1100(TFM-110Fの後継機、別名ザ、イレブン)の方がいい音 という結末になった。5800とほぼ同等の音質だと感じるので5800が復活する 日までスリープタイマーT-12を接続して使うことにしよう。 ipodやiphoneのような製品を作れず大型有機ELテレビも韓国に先行されたSONY、 どうなることやら。
アンテナ折れ、受信可能のものが入手できたので5800が復活しました。 この音質が最も好みに合います。 TIMER T-19も手に入れました、ラジカセCF-1900と組み合わせて使う タイマー時計で配色がいいです。
SONY品川本社でデジカメの座談会があり、誘われたので行ってきた。 6月に発売されたDSC-RX100についてだが、このカメラ、正直知らなかった。 お話の冒頭から闘志とか根性とかの単語が出てくる。聞いていると、 RX-100のチームはほぼミノルタTC-1を造った人達だった。 ※ミノルタ TC-1 Gロッコール28mm F3.5 フィルムコンパクトの到達点と言われる。 このレンズ、リコーGR28mm F2.8と双璧をなす名玉。双方ともライカLマウント レンズとして単体で販売された。 1.0型CMOSセンサーを一台ごとに適正位置で組み立てる話など、確かに根性の物作りだ。 今のSONYにはこういった気合いが足りない。少し感動した。
D-VHSビデオデッキ、日立DT-DR1が壊れた。操作を全く受け付けない。 これはデジタル回路の故障だ、部品取り用からカセットごと抜いて 臓器移植したら直った。ヘッドは耐用6000時間いけるのでまだまだ 働いてもらわないと困る。
もうデッキ部分は動かないけれど酷使したのがこのステレオラジカセ、コンセント タイマーでNHK FM 昼の歌謡曲、FM東京 歌謡ベスト10、音楽夜話など留守録 していた。ドルビー回路無し、メーターは一個、録音レベル調整無しなのが古さを 感じさせる。 普通に歌謡曲やフォークを中心に聞いていたけれどもう一度聞いてみたい曲 があったりする。ネットで歌詞の一部を入れるだけで一発検索ができるのは便利。 youtubeで桜田淳子の白い風よ(1975年NHK朝ドラ 水色の時 主題歌)が聞けて、 Amazonで復刻盤のシングルCDがすぐに買える2012年は凄い時代だ。 白い風よ、の作詞は脚本家の石森史郎、wikipediaによると水色の時はもちろん、 仮面ライダー、カゲスター、ウルトラマンAなどの特撮、五十嵐淳子主演の映画、 阿寒に果つ、などの脚本を書いていて、見たことがある作品が数多くでてきた。 もし、主題歌だけでなく朝ドラの主演も桜田淳子がしていたら後の女優人生も 大きく変化したと思う、歌手と女優の両立を短期間ながら大成功させたのは ライバルの方だったのは残念。 テレビ埼玉で再放送中の初期の必殺シリーズでも脚本家の方を調べると大御所の 方ばかり、中学生が何もわからんと毎週見ていてもおもしろかった訳だ。 緻密な脚本は46分間の緊張感が違う。 40年を経ても聞き飽きない女性アイドル歌謡曲は、青春の坂道、思い出通り、 私は忘れない、センチメンタル、初めての出来事、冬の色、若葉のささやき、 思い出のセレナーデなどだが歌詞がとても美しくきれいだ。
音楽への興味を持つのが遅く、モノラルラジカセを買ってもらうことは無かった。 写真のCF-1980Uはジャンクコーナーで3年前に手に入れた物でDuad用、FeCr テープポジションが無い。FeCrはステレオラジカセの出始めと時代が合うと思うが 短命に終わった。Normal,Cro2も色々な高性能テープが出てきた頃だがラジカセ ではテープの性能は出しきれてなかったと思う。この頃のデザイナーは売れる物の デザインがよく判っていたと感じる。触るだけでも楽しい。 レコードを買わずに借りてカセットへダビングというメリットとFM番組の録音が ステレオラジカセの用途に良く合っていた。CDの時代になっても構図は変わらず 1990年頃までCDラジカセは良く売れたがメタルテープの性能が出せないという 面も引き継いでいた。
私も小学生の時、同級生がアマチュア無線をやっていて部屋にはハンダごてやら テスターがあって、彼はレンジをカチカチこまめに切り替えて何かを作っていた。 その時聞かせてもらったイマジンなどの洋楽にも無線機にも興味がわかな かったが、彼は電気工学の道に進んだと後に聞いた。 私はテレビばかり見ていて一週間の子供番組が記憶に入った状態で、他の事への 時間もなかったと思う。 中学生になって秋葉にテスターを買いに行く友人に付いていったことがある。 ラジオキットの製作のためだが、ラジオ横町にはテスターが山ほど並んでいた。 黒い弁当箱のようでけっこう重かったが私は工具セットだけ買った。 丁度、三和からSANWAにロゴを切り替えた時期で赤白の箱でロゴ違いがあった。 この頃の秋葉がラジオの全盛期で飛ぶように売れていたのをよく見かけた。 オーディオではカセットテープの性能向上からカセットデッキへの変わり目だが オープンリールデッキも大量に陳列されていた。父の買ったAKAI、GX-250Dが 家にはあったが4トラ19cmでもカセットの10倍くらい音質の良いことに驚いた。 カセットが小川ならオープンは大海ほどの違いがある。今の秋葉も趣味の町だが 大量消費のパワーとは必要のない物まで買うこと、資本主義は常時プチバブル でないと成立しない、ところが人口が減るという条件には対処できない。 こういう時はナショナルプライスクイズの復活、がっちり買いまショーの企画を パクッてパナソニックがっちり買いまショー 50万円、30万円、20万円、運命の 分かれ道でドーンと行きましょう。 その後、初歩のラジオを買って読んだがさっぱりわからず、ホーマーのラジオ キットも鳴らず、工作への興味は終了となってしまった。
私が買ってもらったのは 最初に出たRT-2800だったけど、 ネットで調べると これ、定価で4万円以上したんだ・・ うちの親が よく買ってくれたなぁ・・ 裕福な家庭じゃなかったので 少ない小遣いで 趣味をやりくりしていたんだけど 時々 意外なモノをあっさりと買ってくれる時があり 小学校5年の時 サーキットテスターが欲しくて 母親と立川のデパートまで行って 三和のJP-5Dというテスターを買ってもらった。 これは衝撃で もお、電圧から抵抗値まで 身近なモノを測りまくった。。 このテスターは レンジを間違えると内部抵抗が焼損するんだけど 当時の三和は 損傷した部品を説明書のリストで探して 部品代を切手で送ると 部品を家に送ってくれて自分で直せるという 画期的なサービスを行っていて 何度か自分で治した。 こうして趣味の世界に没頭できたから 今の自分があるんだろうなぁ ホントに欲しい趣味のモノは なんだか分からないけど買い与えてくれた親には感謝です。
実用に耐える個体は少なくなったけど5500だけで300万台は売れたそうです。 スカイセンサー全体では1000万台を超えたでしょう。この流れがモノラル ラジカセに引き継がれたのだから凄まじい勢いでした。 アクタスパラボラは生録志向の機種でしたが水原勇気が宣伝のキャラだったのは 知りませんでした。実写版の木ノ内みどりがかわいかったのはよく覚えています。 生録は野鳥の声、SLの走行音などが紹介されていましたが重さに弱い私は経験が ありません。 この頃の東芝ではAurex,Bombeatなどのサブネームがよく使われていた、2009年の 液晶テレビCELL REGZA 100万円には驚いたが起死回生の一発にはならなかった。 テレビは映ればいいという需要が国内にも海外にもある、各仕向け地に合わせた 機能と価格が市場を制していく。 深夜放送、ステレオラジカセ、ステレオ、ビデオの話はまた明日の心だ。(小沢昭一)
こりゃまた レアなモノを持ってますね。 我々が小中学校時代 BCLが流行して ベリカードを集めているクラスメイトがいましたね。 私は 当初 短波に興味が無かったので 普通のラジカセで 中波AMの深夜放送を楽しんでいたくらいだった。 それより 当時欲しくて親にねだって買ってもらったのが 東芝のアクタスパラボラでした たぶん 「野球狂の詩」に感化されたんだろうなぁ。 このラジカセに付いている集音マイクが優秀で パラボラ集音器を使ったときの指向性が素晴らしく 色々音を集めて録音して遊んだっけ。 このラジカセ 電波状況次第でなんとか短波も受信できたので 時々短波も聞いたけど いつも受信できるのはJJYくらいだったなぁ。 まだ頭に残ってます。 「JJY・JJY・○時○分 JST・・」その後モールス信号・・ 中学時代は AMの深夜放送がすごくおもしろい時期で 有名な声優が集まるラジオドラマとか 話の上手なタレントさんがおもしろい番組を作っていた。 このラジカセには タイマーによる録音機能が無かったから パイオニアのステレオセットを買って エアチェックもこれに切り替わっていきました。 小学5年の頃小さな自作のトランジスタラジオから ラジカセ ステレオデッキ 劇的だったSONYのベータマックス しばらくはSONYファンでビデオデッキやテレビも揃え PCとの劇的な出会いが生活まで一変し GATEWAY2000のデスクトップを買って 参入してきたVAIOでSONYはちょっと嫌いになった。 今朝の新聞で SONYの赤字に関して書かれていたけど ホント 電機メーカーって大変なんだな。
野麦峠の写真を探して古いアルバムを見ていたら、 この時のツーリングで 乗鞍へ初めて登ったんだと思い出した。 21の頃に北海道ツーリングのために買った カワサキのGPz400Fで一人キャンプツーリングに出かけたんだけど 使い物にならないような荷物ばかり積んで重装備。 ちなみに タンクバッグの中には ウレタンスポンジを敷いてカメラのかたちに切り抜いて ミノルタのα8700と7700(パノラマ用) tikinaの28-70とΣの21-35と75-300を入れて ツーリング用カメラバッグにしていましたね。 このGPz400Fは パワー競争の時代に生まれたアンバランスなチューニングを施された 旧型エンジンを積んでいて 排気量の割りに低速トルクがなかった・・ でも、車体デザインが好きでね。 このツーリングは 白骨側でキャンプして早朝に乗鞍スカイラインを上り 乗鞍高原でキャンプして 野麦峠を越えて白川へ向かい富山のつくばね森林公園でキャンプして 長野を回って帰宅するというルートを計画 乗鞍スカイラインは 日本一高所を走る自動車道として有名で 早朝なのにゲートまで渋滞するような観光客の多さで 気圧も低く 低速トルクが乏しいエンジン+CVキャブのバイクでは ホントにパワーがなくて登りがきつかった・・ 畳平に到着し 近くにいたバイク乗りの二人と剣が峰へ向かって そのまま山頂まで登った ここで見た 大雲海の絶景が 後に 自分が乗鞍へ通う事になるルーツだったりしますね。 この時一緒に登った二人とは 今でも年賀状のやり取りが続いてます 山口県の人と京都の人でしたね。 あれから20年も経てば まあ、みんな人相変わってオッさんになったけどねぇ。 畳平の写真もあったけど なんだか今と建物の雰囲気が違うね。 そして クルマの多さにも驚く やはり乗鞍は マイカー規制を行って正解だったんだと思う。 本来 あんな高所に一般人が 排気ガスと共に大勢押し寄せてくるのはおかしな事なんだろう。 今は 乗鞍が好きな人と 自分みたいに 本格登山する元気はないけど 高山散策気分が味わえるなら・・と バスで上がる客くらいしか来ないから 静かな夏山が戻ってきた感じだよね。 今年は 涼しくなって 夏山が終わりの頃にもう一度自転車もって行ってみたいと思ってます。
こんにちは、TYIZです。 久しぶりに木金で連休取ったので どこへ行こうかと考えて やはり、季節的に乗鞍だな・・と向かってみる。 いつものように深夜発の特攻じゃないから 家をゆっくり午前11時頃に出る。 今回は 乗鞍へ向かう前に野麦峠に行ってみることにする 有名な「ああ野麦峠」の舞台だけど ここには 二十数年前 バイクで来たことがあるんだけど 途中の道の景色は全く記憶がない。 こんなところ走ったっけ・・と思いつつ峠道をどんどん上る 峠に着いてみると なるほど 確かに この、お助け茶屋は来たことがある・・ どこかに 政井みねの碑が有ったと思うんだけど・・と ハイキング道の階段を歩いて上っていくと やっと記憶がつながってきた。 全く覚えがない 峠の記念館みたいなのができていて まあ、ここまで来たんだから入ってみるか・・と 入館料500円也を払って入ってみると まずはワクワク館で峠の紹介ビデオを見るように勧められる。 当然 お客は俺一人 途中から中年夫婦らしき二人が入ってきた。 でも、このビデオは見てよかったな。 展示物もそれなりに見応えが有って こりゃもっと時間があるときにゆっくり見て回りたかったかもな 館内には そこかしこに工女のマネキンがあるんだけど これが可愛いんだけどちょっと怖い。。 峠を後にして来た道を戻り スーパー林道を走って乗鞍高原へ向かう。 5時を過ぎているからなのか すでに無料なのか 料金所は閉まっていたのでただ。 一応 途中のコンビニで非常食を買い込んでいたんだけど どこかで夕飯食べられないかな・・ と、一ノ瀬園地に寄ってみたけど閉まってた。 乗鞍高原に着いてみると 以前Kouさんに教えてもらって寄ったことがある 喫茶店ふきのとうが営業していたのでここで夕飯。 このお店の名物の 桜肉のステーキ定食 うん、こうして食べると馬肉も悪くないんだよね。 観光センター近くの「せせらぎの湯」に入って 駐車場で車中泊。 明日はご来光バスに乗る予定だ。
>長野の織田さん 了解です(^^)/ シルバーのR&ブレンボの黄色キャリパーですね! 停まってるところだと、気が付きそうです(^_-) 予定を立てて、長野方面へ行くときに「予告スレ」しますね。 TYIZさん、お邪魔しますが、すいませんm(_ _)m 今年はすでに、松本−安曇野−白馬、木曽−伊那、諏訪、野辺山etc... と信州ドライブは行ってます。 ただ・・・ いつも朝、思いつきで出かけたんだよな〜(^_^;) この辺は、独り自営業者の特権です(爆) 写真は、南相木の帰りに寄った野辺山です。 こちらに来ていただければ、普段の私のお出かけ状態がわかります(^_^;) http://hi-yana-beat-nsx.blog.so-net.ne.jp/
>TYIZ さん。 星空、綺麗ですね〜! 私のデジカメでも、こんなに綺麗に撮れるのかなぁ・・・ >やなぼー さん。 私のNSXはシルバーのRです。 外見では、見た目フルノーマルなので、ブレンボの黄色いキャリパーくらいしか違いはなく、見分けつかないかもしれません・・(笑) 年末年始以外は、私も平日休みは可能ですので、もし都合が合えば、ぜひツーリングにお付き合いください! 時期が合えば、気持ちいい道を案内できるかも知れません(^_^)
上の写真が 駐車場の夜景の等倍だけど この写真 目覚ましで起きて バスに乗るちょっと前に撮ったんだけど 眠剤飲んで寝たから ボーッとしていて 帰宅して写真の整理していたら 「これ・・撮った覚えがない・・」という珍しい経験をした次第。 いつもなら 露出を変えて数枚おさえておくんだけど なぜかこのシーンは1カットのみ。 5DMk2に24−105で 24ミリ域でISO3200 F5で30秒。 ピントは駐車場のクルマに合わせているみたいだから 等倍で見ると星はピンぼけ。 この条件ならISO800くらいにすれば良かったんだけど なぜか3200にしているので 高感度でザラザラだし露出もオーバー。 これをRaw現像でアンダーに処理して縮小すれば まあ、見られる絵になります。 だけど星って 30秒でこんなに動いているんですよね。 赤道義を使ってカメラを回せば星は止まるけど 一緒に景色は写せなくなるから 星空の夜景は撮れなくなるわけですよね 星野の写真を撮るなら必須だけど やっぱり赤道義は用途が限られますよね。 一時は 買ってみようかな・・とも思ったんだけど 高感度に強いカメラなら 感度上げて10秒くらいの露光で星空の景色が撮れるから 今のところ 俺には使い道がないかなぁ。
>TYIZさん 乗鞍、やっぱり星の数が違いますね! 30年前の赤道儀用にモータードライブ買って、電動化したので、 どこかで撮影しようと思ってるのですが・・・ 埼玉の山の上は、真上以外は厳しいです。 その前に試運転がまだなんですけどね・・・(^_^;) 松本は好きでよく行くのですが(お城に)、夏は盆地なので意外と 暑いです。エアコンレスの急階段だらけの施設なので、一度懲り てます(爆) おそらく・・・ 外気温36度超えは、ウチの近所では・・・??? >長野の織田さん 南相木は去年初めて行ったのですが、気に入ってしまいました! ツーリング!いいですね! ただ、私の方が平日休みなので、厳しいかも・・・ 長野方面は、好きでよく行くので、意外にどこかでばったり・・・ 乗ってるのは、黒でしょうか? 一昨年、ビーナスラインを走っていて、すれ違いました。 和田峠のあたりかな? でも、違いますよね・・・ どこかでお会いできたら、楽しそうですね!
お助け小屋は 写真で見る限り 24年前とそれほど変わってないみたい。 でも 周辺の施設と草木の手入れがNGで 裏の森も迫ってきているから 昔に比べると 辺りは鬱蒼とした感じになりましたね。 良い季節到来だから 乗鞍に来るお客は多かったんだけど ご来光バスが2台出たのはちょっと驚き。 私は2台目に乗ったんだけど それなりに乗客がいたからね。 ちなみに 今年のバスの運ちゃんは 運転あまり上手とは思えなかった。。 好天に恵まれたし まあ、良い小旅行でした。 それにしても 乗鞍高原の快適な気温で過ごした後 松本まで降りて 外気温34度にビックリ・・ 松本って暑いんだねぇ・・ 小諸まで来たらかなり涼しくて 草笛の店内もエアコンなんか無いけど快適。 そして 関越を走っていてパーキングで外気温36度越え・・ 凄まじい・・ 自宅周辺も34度くらいあったみたいだけど 今年の夏はスゴイね・・
>TYIZ さん あるぇ〜? お助け小屋、綺麗ですねぇ。 私の脳内劣化かな(笑) 私は、草笛の中盛りすら食べきるのが難しくなってしまいました。 年のせいですかね・・・・寂しいもんです(^^ゞ >やなぼー さん。 初めまして。 滝見の湯、私も好きです。 このあたりは、夏になっても軽井沢や清里のように激混みになることがないため、ノンビリするには最高です! (というか、ノンビリする以外、することがないというかナンというか・・・(^^ゞ このまま、麦草峠を越えてビーナスラインを抜けて戻ってくるのが、私のいつものコースです。 都合が合えば、一緒にツーリングしたいですね(^_^)
ご来光、見事ですね! それより何より涼しそうだ(^o^) 先日、矢木沢ダムへ行ったときに残雪を見ましたが、 乗鞍はだいぶ残ってますね。 私の方も昨日は長野の南相木村に避暑に出ました。 27℃ありましたが、埼玉北部に比べれば天国です。 何もないところですが、静かに落ち着きたいときは 居心地が良いです。 「蕎麦仁」というそば屋さん 「南相木ダム」 「犬ころの滝」 この滝の左上に見える「滝見の湯」 と廻って、帰りに野辺山に寄って帰りました。 それと・・・ 今年の8月北海道は、厳しくなってきました(T_T)
>織田さん 野麦峠は狭い道だけど まあ、自動車道としては用をなしていませんからねぇ。 今回入ってみた「野麦峠の館」は いつ出来たんだろう?と 受付のオジさんに聞いてみると 昭和末期にあった例の 「ふるさと創生一億円事業」とやらで 平成元年に開設したんだそうだ。 平成元年? それじゃ、俺が昔来たときにもあったのか?? と思ってアルバムを開いてみたら ツーリングは1991年(平成3年)8月で GPz400Fでの一人旅でした。 で、当時流行だったパノラマ写真で峠の全景を写した写真があって なんだ、ホントにあったんだ・・と分かった。 でも 野麦峠自体が 観光地としてはかなり寂れてますね。 施設の老朽化も進み 茂みは深くなって ハイキング道は鬱蒼としていたから 今回歩いてみて 「こんなところ・・憶えてないよなぁ・・」と思ったんだ。 お助け小屋も 当然だけど24年前の方がしっかりしていたし 看板の類も凝っていた。 館内の展示物も おそらくは24年前と変わっていないんだろうな。 工女のマネキンは 等身大フィギュアといった感じで リアルすぎて怖い・・ 俺 人形って大嫌いなので これがいたら夜に一人じゃ館内に入れないな。。 そんなわけで 帰りは小諸の草笛でくるみ蕎麦食べて帰路につきました。 相変わらず量が多いぜ。
3時40分発のご来光バスに乗り 畳平へ向かう。 それにしても乗鞍高原は涼しかった たぶん、夜は気温で25度くらいじゃないかな 明け方はもっと下がって車中も寒いくらいだった。 畳平は 気温10度 風速2メートルとのことで 下界からは想像できない涼しさ。 幸い天気は良くて 県境でバスを降りたときには 朝焼けが広がっていた 自転車を降ろして広場において そのまま富士見岳に登って日の出を眺める。 やはり ここから見る畳平は絶景 県境に降りて自転車を組み立てて畳平へ降りていく。 今回は 剣が峰登りはやめて 畳平の散策路を歩いてみることにしたんだけど これが 高山植物が咲いていて良い感じ。 足が弱ってる親を連れてきても ここなら楽しめそうだ。 散策を楽しんだ後 恒例のエコーラインダウンヒル。 なにしろ エコーラインを自転車で1時間ほど下りっぱなしなので 標高差と距離がどのくらいなのかGPSで調べてみたら 距離で約20キロ 標高差は2711mから1455mまで下るので約1250mですね。 その間 ほとんどペダル漕がずに降りて来ちゃうんだからやっぱりスゴイ所だ。 帰り道は 小諸へ抜けて関越にで帰ることにして 懐古園の草笛でお昼にして帰宅。 うん、天気も良かったし なかなか楽しかったな。
ども、TYIZさん。 長野の織田です。 野麦峠に行かれたのですね! あの道は、以前、S2000でも閉口するほど細かったことを思い出します(笑) なぜか写真で見ると、お助け小屋も、そこそこ見れるのが不思議・・・(;^ω^) 実物は、本当にあばら屋なんですよねぇ〜
明日明後日休みにしたので 乗鞍方面へ行ってみようかな
こんにちは、TYIZです。 先週の秩父廃屋探検のリベンジで 奥多摩の廃屋へ行ってみようか・・ と、考えていたら かみさんが「私も行く!」と言うので 歩きが長かったりすると文句言いそうだし まためんどうだな・・と思って そうだ 日原鍾乳洞に行ったことが無いだろう? 日原へ行こう! と軌道修正。 奥多摩にある日原(にっぱら)鍾乳洞は 天然記念物指定になっていて 入り口は小さいのに洞内のスケールは素晴らしく 一度くらい見ておいても良いかと思う。 途中の道がかなり狭いので ラシーンで行こうと思っていたんだけど 今日はすごく蒸し暑い日で 空調が優れたVOXYで行こう・・ということにした。 ラシーンもエアコンは良く効くんだけど やはり、設計が古くて 吹き出す風は冷たいんだけど 車内の温度が速やかに下がらず ムラがあるんだよね。 その点VOXYは空調が素晴らしく ガラスの断熱も優れているので車内は明らかに快適。 でもやっぱり 谷川沿いの道は狭く その区間はラシーンの方が楽だったな。 久しぶりに来た日原鍾乳洞 昨年の震災にもめげず 普通に営業しているし こんなシーズンの平日なのにそれなりに人の出入りがある。 日原鍾乳洞の記憶は 5〜6歳くらいの頃 親戚の叔母に連れられて 電車とバスを乗り継いで現地に来たのが最初だったと思う。 その後 高校の時に 友人と3人でオートバイで来たっけ そして 20代の頃 職場の友人とクルマで3人で来たのが最後だったと思う。 だから 自分も二十数年ぶりに来たことになるのかな 入り口は普通に洞窟・・という感じだけど 奥のドームは素晴らしく広く 岩の天井が見えないくらい。 洞内は整備されていて コンクリートの階段と 急なところは鉄の階段があるんだけど これがけっこうハードで 甘く見て転落した人も多いんじゃないかなぁ・・ 外は河原だから湿度が高く 鍾乳洞入り口から出てくる冷気で結露して霧が漂っている。 洞内は1年を通して気温は10度前後で 夏場だと かなり涼しく感じる。 あまり気乗りしていなかったかみさんも 洞内のスケールの大きさに うん、おもしろかったかも!と 満足してくれたようだ。
なかなか大きな鍾乳洞ですね! 夏には、良いかも(*^_^*) 熊谷地方、あまりに暑かったら、ちょっと涼みに行ってみようかな・・・
こんにちは、TYIZです 昨年秋に訪れた 秩父 ニッチツの廃屋が気になって 色々調べているうちに なんとも 廃墟 廃屋をテーマにしたHPの多さと よくまあ そんなところを探すモノだ・・という探求心に感心し いつか ニッチツ鉱山に再び行く機会があったら 廃屋見物してみようか・・なんて思っていて もうちょっと気軽に行けそうな物件は無いのかな・・ とネットを見ていたら 秩父の浦山ダムの付近がおもしろそうで ラシーンでドライブしてきました。 廃墟へ行くかもしれないけど ドライブに付き合うか? と、かみさんに訊いてみると 行ってみる!と言うので連れて行ったんだけど 狭い道を進んでいくと 引き返せ!とか 一人で歩いて行け!とか こんなところで車から降りないぞ!とか騒ぐので 仕方なく ダム見物と林道ドライブだけで帰ってきました。 行ってみたかったのは 浦山ダムの建設に伴い 廃村になった周辺だったんだけど 滝川ダム同様 浦山ダムも堤体の中央付近からエレベーターでダム下に降りられるんだな。 ちょうど 放水していて ここも轟音でスゴイ迫力。。 帰りのエレベーターで職員さんと一緒になったので ダムに関して簡単に説明してもらった。 季節柄 洪水に備えて水位を下げているそうで この放水で 一日30センチほど湖面が下がるんだそうだ。 管理小屋の中のバルブを開けているから 大きな鉄管から大放水しているけど その先のチョロチョロ見える流れが発電所からの放水だそうだ。。 こんな大きなダムなのに 発電施設は小さいんだねぇ・・ これで3300世帯の電力をまかなえるとのことだけど。 まあ、このダムは 治水が主目的で発電メインじゃないから良いんでしょうね。 ここは 桜の名所にもなっているから ダムとしても観光地化が進んでいるらしく 施設もしっかりしていた。 まあ、この時期の平日 観光客も少なかったけどね。 ダムを出て この、登りの林道はどこまで繋がっているんだろう・・とナビを見ると どうやら 山を越えて有間ダムまで行けるらしい。 そりゃスゴイ 行ってみよう。。と林道を登り始めたんだけど 道路脇に猿はいるし 道は荒れているし急勾配急カーブの連発だし 気が休まらない。 山頂の 有間峠を越えると一気に下りで 有間ダムへ。 ここは 自分が運転免許を取った頃 兄弟や親戚を連れてよくドライブに来たんだけど ダム奥の林道がどこに繋がっているのかは知らなかった。 でも 一応舗装された林道を抜けると秩父へ出られるんだねぇ。 有間ダムは ロックフィルダムという 土と石積みで組まれたダムで コンクリートの巨大ダムを見た後だと 近所の貯水池みたい。 当然だけど エレベーターとか観光施設はなくて ただ、割と自然な雰囲気の堰止め湖ですね。 堤体の上はクルマで走れるので一往復して帰路につきました 帰宅して 廃屋群はどの辺だったんだろう・・と地図を見ると 実は割と近くまで行っていたんだ・・と気づき こんどは 一人で行ってみようと思ったんだけど 危険かも知れないところに一人で行くのもなぁ・・ 誰か 巻き添えになってくれるヤツはいないかな・・と考えていたりします。 何はともあれ 夏になったら ニッチツと峠越えは行ってみようと思ってます。
ダム巡りですか(*^_^*) この時期は良いですよね! 浦山ダム周辺は猿が多くて、前に行ったときは「赤ビー」だったので 停まれずに一気に駆け抜けました(>_<) 「有間ダム」もこの間初めて行きました。 ちょっと買い物ついでだったんですけど・・・ 「道楽ぼーず」さんへ http://www1.ocn.ne.jp/~bozu2917/ 私にとっては、ちょっとしたワンダーランドです(*^_^*)
廃屋、嫌いじゃないんですが(笑 もし、行くのなら季節柄、マムシとスズメバチには気をつけてください。
車検も終わったので、ちょっと「奈良井宿」まで行ってきました。 伊那地方と違って、木曽は中央道から外れて山で隔てられてるので、 行くことがなかったんですよね。 塩尻ICから、割とスイっと行けちゃいました。 ちょっとタイムスリップした気分でしたよ! 冬の方が、道路が隠れて、雰囲気は良いかもしれませんね。
久々にG-SHOCKに触るとベゼルが加水分解で腐っていた。8200frogmanは 黒のみ部品ありで修理したがBaby-G frogmanは部品無し。10年位で修理不能とは 車の内装部品みたいだ。 樹脂部品は劣化が避けられないが紫外線を避けて耐候劣化を遅らせるくらいの努力は 全ての工業製品でした方が良いということだろう。 さて、10年の進化に興味がわき、どうせベゼルは腐るだろうが紫外線LEDで 文字盤上の特殊蛍光体インクを発光させるネオンイルミネーターなるモデルを 買っちまった。ルーペ等で直接LEDを見るなというワイルドな商品だ。
Gショックかぁ 自分はあまり興味なかったんだけど ホント 色々なモデルがありますよね。 だけど 中身は普通のカシオのムーブメントだから 大ヒットした理由がイマイチ分からなかった。 で、使ってもいないのに年月が経過すると 樹脂部品が割れるんですか・・ で、修理部品も無い・・と。 ますます よく分からないなぁ・・ そういえば 昔いた会社で カシオの下請け業務を行っていて 腕時計のムーブメント単体を取り付けて 気圧計の検査などを行う装置治具を作ったことがあるなぁ。 同じムーブメントを使って 様々なデザインの腕時計を作ると知って へえ・・安い腕時計ってそういう造りなんだ・・ と思った。 Gショックも 造り的には同じなんでしょうね。
今回は、車検&ウインドウお世話になりましたm(_ _)m あのあと、ちょっとダム巡りして、諏訪の高島城へ行ってきました。 写真は、小河内ダム、深城ダム、高島城です。 深城ダムで、ちょろちょろ放水が見れました(^_^;) 奥多摩湖から大月へ抜け、諏訪から和田峠を抜け佐久まで! なかなか楽しいドライブでしたよ(*^_^*)
先日はどうもです。 ダム巡りかぁ 好きな人はいるみたいだからなぁ。 それにしても あの時間からよく走りましたね。
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