こんにちは、TYIZです。
人生には
いまの自分を作り上げてくる間に
大変お世話になった人が何人かいるもので
私の場合
機械設計を教え込んでくれた2人の恩師がいます。
自分は高卒で入った中小企業で工作機械を回していたんだけど
この会社で
NC制御のタレットパンチプレスを開発することになって
小松エンジニアリングから転職してきた方が第2開発部の部長になり
たまたま手が空いた自分が呼ばれて部下に着き
たった2人の第2開発部として大きな機械の設計を開始しました。
いま思えば この部長は
設計屋としての能力は平凡だったかもしれないけど
非常に野心が大きい方で
高卒でろくな知識も無い自分に様々なことを教え込んでくれました。
非常にクセが強くて社内では嫌われていた人だったけど
どこか私とは気が合うところがあって
2年間ほどだったけど本当にお世話になった。
設計した機械は一応試作完成までたどり着いたけど
会社として販売していくにはビジョンが甘すぎて
絶対上手くいかないのは当時二十歳の自分にもよく分かっていた。
会社の未来に失望して部長はこの会社を去り
私も22歳の夏 退社して
アルバイトした縁もあって機械設計事務所に転職した次第。
この、転職の合間に
オートバイで半月ちょっと北海道を巡ったのが最初の北海道ツーリングでした。
この設計事務所では5年間
27歳頃までお世話になったんだけど
この事務所は
機械設計なら種類を選ばないような雑食性で
おかげで
食品製造ラインから消防車 自動車部品の製造ライン
様々な設計を学ぶことが出来ました。
ここの社長は
以前の会社の部長と違って設計に関しては天才肌で
逆に野心は全くない方で
依頼された仕事は採算度外視で全力でベストを尽くすような方向でした。
おかげで私も
出来る限り思慮を深く設計していく考え方が身につきました
その後
退社してKSPを作って自動車業界へ入って現在に至るわけですが
その後も設計事務所の社長には
クルマの部品設計に関して あるいは材料に関して
悩むたびに相談事して助けてもらっていて
逆に
クルマに関する相談やら車検などは手伝っていました。
その社長も70歳を大きく超えて
設計事務所もたたんで
自動車も手放して運転もやめて
それでも依頼された仕事は自宅でCADで設計仕事を行っていたんだけど
数ヶ月前
設計事務所で同僚だった女性スタッフが
自分の連絡先を調べて
30数年ぶりにT3ファクトリーに訪ねてきてくれて
社長は元気だろうか 連絡は取れるだろうか・・と言うことで
じゃあ、社長を誘って3人でランチ会でもやろう と言うことになった。
この女性は私と歳は同じで
当時25歳くらいだったけど1児の母でご亭主も同じ歳
ドラフターで手書き世代の設計業から
いまでは3DCADを使いこなす現役の設計業をしているそうだ。
で、入間市の徳寿庵を予約して
彼女と社長を各自の家まで迎えに行って
35年ぶりの同窓会のようなランチ会をやった。
いつかはこうして雑談会みたいなのをやりたいと思っていたけれど
ホントに実現できて嬉しい限りだった。
お昼のあと
当時 設計事務所があった場所を訪ねてみたり
ノスタルジックツアーをやって各自を家に送って解散。
私と彼女が一緒に仕事をしたのは1年ほど。
彼女が二人目を出産するため退社して
その数年後自分も退社
更にその後 彼女は職場復帰したそうで
接点は短かったけれど
二人とも社長との縁は長かったわけで
設計事務所の卒業生みたいなモノなんです。
今年 私と彼女は59歳 社長は80になるそうで
今後
こういう機会が何度作れるか分からないけれど
人の縁と恩師への感謝は忘れずに生きていきたいモノです。
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