一昨年と昨年で
私の掲示板でも馴染みだった
smotoさんとmotokiさんが他界されました。
smotoさんはブルーバード仲間でカメラの趣味があり
仲間と乗鞍を歩きました。
平成26年11月 我々がT3を開始する直前に亡くなったそうで
墓地は千葉市の平和公園とのことで
なかなかに遠く
墓参りに行くタイミングを逃していました。
motokiさんは平成27年8月に他界されて
昨年末にもNSX仲間と墓参りに行ってきたんだけど
墓所は川崎市で
頻繁に行くにはちょっと遠い。
千葉と川崎を地図で見ると
グルッと回れそうな気がしたので
T3の年末休み初日の今日
朝からVOXYでお墓参りに行ってきました。
本当は
仲間を誘って墓参に行こうと思っていたんだけど
2人の共通の知人というのは少数で
千葉と川崎を回るのがどの位の所要時間かも読めなかったので
とりあえず1人で向かってみました。
大きな渋滞も無くスムーズに千葉に入り
昼頃 平和公園の墓所へ到着
しかし、この墓地はとてつもなく広く
墓所の中の道路をクルマで回り、指定区画にたどり着いたらそこから歩くというスタイル。
MST君に聞いておいた区画番号を頼りに
2-171は・・と歩いて行くと目の前にsmotoさんのお墓があった。
「smotoさん 遅くなったけど来たよ・・」と語ってみる。
あ、ど〜もど〜もぉ!と声が聞こえてくる様な気がした。
花を生けて線香焚いて
しばらくsmotoさんとやりとりして墓地を後にした。
高速で一気に川崎を目指し
motokiさんのお墓に到着したのは2時前頃。
お寺の敷地内にある墓地なんだけど
去年一度来ただけだからお墓の場所を忘れちゃって
記憶を頼りに歩き回ってmotoki家のお墓を見つけた。
motokiさんは
我々の開業の際にリフトをプレゼントしてくれたり
大変お世話になったんだけど
予定していたNSXの大作業を行う前に他界しちゃいました。
昨年末にNSX仲間と墓参りと遺影に手を合わせにmotoki家に行った際
また、お墓参りに寄らせていただきます と話すと
motokiさんと仲が良かった義兄さん曰く
アイツはたぶん「俺のことなんか良いから みんな前に進め!」と、言っていると思う
とのことでした。
そうか。そうかもなぁ motokiさんならそう言いそうな気もする。
でも、年に一度くらいは墓参りに来ても良いだろう。
そんなわけで
ここでも花を生けて線香焚いて
「開業時にはお世話になりました お陰様で俺はなんとか前に進んでるよ」
と、語ってみたりして
川崎の墓地を後にしました。
行年 smotoさんは45歳 motokiさんは48歳
2人とも若すぎるよね。
葬儀と言えば
先月 HKSの長谷川社長が亡くなって
今月の13日に社葬があり 工場長と2人でHKSがある静岡へ行ってきました。
長谷川社長は
ヤマハ発動機を出てHKSを作り 一代でここまで大きな会社にして
日本にチューニングという文化を創り
自動車のアフター業界というものを作ってくれた
いわば、我々にとって大恩人の様な人でした。
雲の上の人だから
じっくり話しをしたことはないけれど
HKSの旅行でシンガポールへ行ったとき
空港で隣に座ったきっかけでサスペンションの話しを始めたら止まらなくなっちゃって
なんてアツイ人なんだろう・・と思ったことが有る。
72歳
あと10年は現役を続ける と言っていたそうだけど
保養の温泉で倒れてそのまま他界されたそうです。
そんな偉人の葬儀なんて初めて行ったわけだけど
それはもう、凄まじいスケールの葬儀でした。
参列者は千人を超えていたと思うけど
オーケストラのコンサートをする様な大ホールで
ステージの上に32GTRと86のレースカーが置かれて
真ん中の祭壇で坊さんが7人でお経を上げる様な大スケール。
ヤマハ時代の上司さんが読んだ弔辞で
君の弔辞を読むことになるとは思わなかったよ
人生をターボブーストで人の何倍も生きた様な人でした
と言うのが印象的だった。
自分も50歳を超えて
残された時間を気にしつつ
どこまで進めるか考える様になりました。
長谷川社長みたいなターボブーストは無理だけど
自分の世代でT3ファクトリーをどこまで持って行けるか
がんばってみよう。
そんなわけで
気がかりだった二人の墓参に行けたので一安心。
また
故人ゆかりの仲間を募って墓参計画をしようと思います。
明日は大晦日
とりあえず、恒例の旧友の墓参りには行ってこよう。
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